『くまのプーさん 英国文学の想像力』 安達まみ 光文社新書
ミッキー・マウスやドナルド・ダック以上の人気キャラクターであるくまのプーさん。本書は、ディズニー版くまのプーさん全盛の状況に不満なクラシック・プーさんファンにも楽しめる解説書である。特に著者の語学力と長年の英国生活に裏付けられたライトヴァース(軽妙詩)の分析が光っている。プーが登場する四冊の本のうち、『ぼくたちがとてもちいさかったころ』、『さあぼくたちは六歳』、の二冊の詩集は、童話の二冊『くまのプーさん』と『プー横丁にたった家』に比べて馴染みが薄かった。本書では、韻律やリズムの分析、社会情勢などの背景説明などにより、ミルンのユーモアの本質を明快に説明している。 童話にも新しい発見がある。コブタ(ピグレット)が住む家になぜ「トオリヌケ・キ」の表札が掛かっているか、プーが追いかけたミミンガとモモンガの正体も明かされる。物語の中で、いつしか「名前」の一人歩きが生じ、現実とのギャップが微妙なユーモアを醸し出すという指摘も鋭い。筆者は、天性の詩人プーとともに、敏感な言語感覚を持っているとするピクレットに思い入れがあるのだろう。石井桃子さんの名訳に親しんできた人たにとって、知らなかったプー物語の一面が語られている。 欲を言えば、ミルンの平和主義など思想の分析がやや物足らない。くまのプーさんシリースのもう一人の立役者シェパードの息子は、第一次大戦で戦死。かれは、プーのモデルとなったテディ・ペアの持ち主だった。第一次大戦に従軍したミルンは、戦後、平和主義を唱えたが、その後、ヒトラー政権との戦いを止むを得ないと考えを変えた。さらに第二次世界大戦後、復員したクリストファーとの関係は断絶状態となる。作者ミルンも画家シェパードも戦争により大きな傷を負っている。 それだけに物語の終盤の「みんな、ほうとうはいいやつなんだよ」というプーの言葉にミルンの願いをみる。著者の描く、晩年のミルンは、一抹の影を伴っている。プーがどんな失敗をしても「きみは世界中で一番のくまだよ」と無条件に受容するクリストファー・ロビン。別に何もしないという「べつになんにも」を至福とするかれらの世界も終焉を迎える。ミルンのメッセージは、大人になっても、どこかに「べつになんにも」の世界を皆に持っていてもらいたいということだったのだろう。 ハリー・ポッターやロード・オブ・ザ・リングが脚光を浴びるなか、現在もなお読者を増やしているくまのプーさん。本書でもシェパードの描いた挿絵を見ているだけで、「べつにんなにも」の世界を思い出すことができる。英国ファンタジー愛好者にはもちろん、クリスマスプレゼントに『くまのプーさん』を買おうとしている両親や、昔魔法の森で遊んだことがある大人たちにとっても、楽しく読める一冊である。 里見 哲 |