☆ ゆったり流れる時間、コゲラさんの喜び、幸せのお裾分け ☆

庄野潤三『庭の小さなばら』講談社

 本書は、老夫妻を主人公としたシリーズの八作目。郊外の丘の上に住む老夫妻の穏やかで喜びに満ちた日々の生活を描いた秀作である。物語の主役は、夫婦を取り巻く人々に加え、庭に降り注ぐ日差し、暢気そうなコゲラさん、人懐こい鈴虫、金時パン、古いベット、かきまぜ寿司、そしてハーモニカと娘や孫からの手紙である。読み始めてしばらくすると時間がゆったりと流れ出し、豊かな気持ちになってくる。庄野ワールド魅力は健在である。

 幸せそうな老夫妻だが、その幸せを構成するひとつひとつは、ささいなもので、誰でもが心がけしだいで手にいれられるものがほとんどである。ローソンの甘菓子や大阪駅の八角弁当が本当に美味しそうに描かれている。

 若い世代を含め熱烈なファンを持つ庄野潤三氏。「ざぼんの花」、「静物」、『夕べの雲』、『絵合セ』など、一連の作品の読者は、30年以上に渡り、子供達の小学校時代からの馴染みであり、各部屋の歴史やぬいぐるみの種類などにも精通してしまう。本書では、長年親しんできたものに変化が現れる。ひとつは、元の長男の部屋にあったベットが運びだされて、新しくソファが運びこまれる。二男一家が泊まりがけで出かけるときに必ず老夫妻の家に預けられていた飼い犬ジップが、年寄りを労わる二男一家の配慮により、獣医に預けられてしまう。家に準備されている犬小屋(ジップの小屋)は寂しげである。

 だが、長女夫妻の新婚所帯があった餅井坂に長女の長男夫妻が引越してくる。また新たな物語が始まるのだろう。シリーズの人気ものフーちゃんが中学生になり、ほとんど登場しないのが残念だが、そろそろひ孫の活躍を期待したい。もしかするとこの日常のささやかな事件を描く一連の作品は、戦後社会を描く大河小説であるのかもしれない。いつまでもいつまでも続いて欲しいシリーズである。私も次に大阪に行くときには八角弁当を買おうと思っている。


里見 哲

(H15/4/24記)

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