『われらが英雄スクラッフィ』 ポール・ギャリコ 山田蘭訳 東京創元社
このユーモア小説の主人公は、ジブラルタルのサルとサルを管理する英国陸軍将校である。時は、第二次世界大戦が勃発の年、1939年。サルを巡る滑稽さと時代の深刻さのアンバランスがこの小説のエッセンスである。巧みな状況設定だ。 英国陸軍大尉のティムは、サル担当士官を命ぜられ、その職務に全力を尽くす。少しでもサルの生活を改善しようという努力は真摯であると同時に上官にとっては迷惑である。ティムは、いつしかサルに共感を覚え、その純粋な気持ちが提督の娘の心を捉えるに至る。ティムは、サルを見ながら、親指の位置が違うだけで、悲惨なサルの生活と、栄光ある人の生活とがはなはだしく異なってしまったことに心を痛め、サルに深い同情をいだく。 しかし、戦争が勃発すると同時に状況は一変する。7つの海を制覇した英国の拠点ジブラルタルには、直接戦火は及ばない。だが、地中海の要石であるジブラルタルは、親独のフランコ政権が治めるスペイン領内から突き出した一つの岬に過ぎないという状況が緊張感を呼ぶ。スペイン領内から流れるドイツ情報組織によるラジオ放送や、スペイン領内からの人、物の流入。ジブラルタルは、情報戦争の真っ只中に投込まれる。この状況で、サル山の衰亡が英国の衰亡と重ね合わせられ、ドイツの情報活動により、サル山の危機は、ジブラルタル、ひいては英国の危機であるといちづけられる。サルに熱心すぎ左遷させられていたティムは、一躍脚光を浴び、提督の娘や、部下のラブジョイ、情報将校などと協力し、サル山の復活を試みる。乱暴者のボス、スクラッフィの狼藉ぶりも見所のひとつであるが、戦争の激化に伴い、サルの生活環境も急激に悪化し、サル山は滅亡に瀕する。 読者は、ストーリに引き込まれながらも、いつしか、悲惨なのは、サルではなく、人間の方ではないかとい感慨に襲われるだろう。誰でも楽しめるユーモア小説でありながら、隠し味として、戦争とは何か、国の栄光とはなにかがテーマともなっている。しかし、この小説にそのような理屈は似合わない。魅力ある脇役立ちが、生き生きと活躍し、愛すべきサルたちの活躍を楽しめば充分である。悪役ですら憎めないキャラクターに描かれている。国境を巡る滑稽さを描いたケストナーのユーモア小説を思わせる楽しい小説だ。サルのスクラッフィを含めた3組の恋人たちが演ずる恋愛小説でもある。クリスマス、年末年始に格好の読み物といっていいだろう。読後は、ジブラルタルと聞けば、スクラッフィの姿を思い出すようになるに違いない。『ポセイドン・アドヴェンチャー』や『ジェニー』などで知られるギャリコ。未訳の名作が、まだまだありそうである。 里見 哲 |