☆ 国際貢献と平和憲法 ☆

里見哲

 自衛隊のイラク派遣に反対する。イラクへの自衛隊派遣は、日本の国際貢献として避けて通れないという意見に対し、イラク戦争は、自衛権の発動でもなく、自衛隊派遣のような行動は取るべきではないという反論である。だが、現在行われている議論そのもののあり方には、疑問を持たざるを得ない。

 基本的には戦争の解決手段として交戦権を放棄するという憲法9条の精神は引続き堅持するべきであろう。問題は、この平和憲法のもとでいかに国際貢献できるのかを真摯に問うことである。平和憲法があるからと称し、湾岸戦争時に金で解決を図った結果、クウェート政府から感謝もされなかったという経験をいかすためにも、よりまともな議論が必要であろう。日本の平和主義を他国に訴えるために、ただ憲法9条を振りかざすだけでは、単に自分の都合を言っているだけにすぎない。「俺たちは、世界で一番優れた憲法を持っているので、お金以外の協力はできない」と言っても他国民はしらけるだけである。一種の鎖国のようなものである。この点、鎖国を訴える西尾幹二氏とも通ずるものがある。

 このジレンマを解決する方法として、国家としての交戦権と集団的自衛権は放棄するが、集団的安全保障については、治安維持、復興、掃海、地雷除去のような内容に限り協力するという考えがある。国連の無力化、集団安全保障の実現性を指摘するむきも多いが、日本国にはより非現実的と思われていた平和憲法を半世紀以上にわたり維持してきたという実績があり、理想を追求することこそつとめである。

 戦争といえば条件反射のように「いけない」、「反対」と言っていた勢力は、その説得力を失ってしまっている。湾岸戦争に対する反対と、イラク戦争に対する反対は、まったく内容が異なるはずのものなのにかかわらず、あいも変わらず同じことを主張している。

 国際貢献は必要であるが、若き夢を持っている人たちの血を流すのは極力避けなければならない。幸い、平和国家日本には、責任を果たさず感情的発言が目立つ政治家、人の災難を「神風」と称し、商売に余念のないイエロージャーナリストたちがいる。国際貢献隊を結成し、現地に赴くのも手であろう。天下り官僚の責務としてもいいし、金融関係者を送り込んでもいい。

 平和を愛する日本国民としては、湾岸戦争時に、対外的には自分たちの平和憲法を振りかざすのではなく、より犠牲者を出さずクウェートの主権を回復する道を模索し、提案するべきであった。かろうじて集団安全保障体制のもとで実施された湾岸戦争時に人的協力をせずに、今回、イラク国内で大量破壊兵器も発見できず、自衛権の発動であったとも言えないイラク戦争への自衛隊派遣は、誤りを繰り返すということだ。そういえば、湾岸戦争時に反戦署名活動をしていた我が選良たちは今何をしているのだろうか。人知れぬ場末の街角でマッチでも売っているのだろうか。

(H15/12/11記)


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