里見哲
急斜面で身動きが取れなくなった野良犬を消防署員が救出した。暗いニュースが多い中で久しぶりに明るい話題である。複数の民放で、生中継に近い形で放送されたという。救出の瞬間には、地元で見守っていた約200名の人々から歓声があがった。人々の優しさが顕在化した出来事であった。全力で救出にあたった消防署員の危険を顧みずに行った活動には心から敬意を表したい。 しかし、この明るいニュースを知り、何か落ちつかない気分になるのも否定できない。一匹の野良犬救出を喜ぶなかで、日本国内では年間約40万匹の犬や猫が行政により処分されているからだ。野良犬1匹の救出をしたというのは一つの事実である。しかし、この事実から人間が、他の生き物にも優しい、愛情に満ちている存在だ、とは言えない。むしろこの事実を大々的に報道すればするほど、40万匹の屠殺の事実を隠避しているかのようにも感じてしまう。報道のあり方からすれば、著しくバランスを欠いた内容である。あの野良犬は急斜面に迷い込んだことにより多くの人から同情をかい、処分を逃れたのである。 明るいニュースを報じているときに、暗い事実を指摘するのはやぼなことなのかもしれない。しかし、このニュースは、屠殺40万匹という現状をどのように改善できるか問題提起する絶好のチャンスであったことは確かである。暗い事実を隠避することは、いつか一機に負の要素が爆発する危険性を持つだろう。あの犬が救われたことは嬉しいことであるが、平和国家日本における年間自殺者3万人以上、屠殺犬猫40万以上という事実が一方にある。憲法第9条を世界遺産とすることも一匹の犬が救われたことに喜ぶのも大変結構なことであるが、自殺者や屠殺される犬猫を減らす努力と結びつけられなければ、それは空しいスローガンや一時的なまやかしでしかないであろう。 |