☆ 理想を捨ててはならない ☆

井出薫

 高市人気もあり憲法改正の機運が高まっている。非武装中立を謳う憲法9条は非現実だという意見には一理ある。米中ロの超大国はいざとなれば軍事力行使を辞さない。ロシアのウクライナ侵攻は典型例だ。また、他の国地域でも紛争は絶えずテロ行為は世界で頻発している。それゆえ、9条を改正して軍隊を持ち必要とあらば戦うことができる国家を作るべきという意見が出てくることは不思議ではない。新型コロナウィルスによるパンデミックなど緊急時に国家が国民の権利を限定的に制約できるようにすべきという意見も頷けるところがある。

 しかし、私たちは決して理想を捨ててはならない。憲法前文にはこう書いてある。「われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。」と。現実はこの理想にはほど遠い。ここ数十年、減ってきているとはいえ、日々の食糧や衛生的な水を確保することさえままならない人々が依然として世界中に多数存在する。近年は、戦争や内戦、暴政などで難民は増えている。超大国は核兵器を放棄する気はさらさらなく、むしろ開発を進めている。先進国ですら経済格差が広がり社会に分断や対立が深まっている。このような現実を目の当たりにして現行憲法は非現実で空想的だと言いたくなるのは分かる。

 だが、現実がどうであれ、私たちが目指すべき未来は、憲法前文が謳うような世界であることは間違いない。戦争もテロも独裁者による圧制もない、人々は等しく政治に関与することができ、政治的な立場や宗教、人種・性別などで差別されることはない。富は公平に分配され生活に困る者はいない、貪欲に富を漁る者もいない。こういう世界を多くの人々が望んでいる。たとえ現時点ではそれが非現実だからと言って、その理想を冷笑し力がすべてなどと考えるのは間違っている。そのような態度は人々に大きな災厄をもたらす。

 理想を堅持することは未来のためにも欠かせない。現実主義が行き過ぎると、却って現実世界を悪くする。強力な防衛力が必要だと考えて強大な軍事組織と兵力を構築するとしよう。なるほど短期的にはそれで安全保障上の脅威は減るかもしれない。だが長期的にはどうだろう。どの国も同じように考え軍備増強に努めたら、戦争の脅威は減るどころか増大する。互いに侵略を恐れて先制攻撃が必要だと判断し戦争になってしまう危険性が高まる。また、地球温暖化などの環境問題は地球全体の課題であり、世界の人々の協力なしには解決できない。世界の人々が協力し合うには、戦争をなくし、貧富の格差を解消する必要がある。そのためにも理想を捨ててはならない。

 憲法成立から今年で80年になる。当然に国内外の情勢は大きく変化しており、憲法改正の要否を議論する必要がある。ただし、そこに謳われている理想は大切に守らなくてはならない。


(2026/2/28記)


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