☆ 積極財政の系譜 ☆

井出薫

 高市首相は「責任ある積極財政」を提唱している。積極財政には様々な手法がある。系譜を辿ってみよう。

 アベノミクスはリフレ派の思想に基づいている。大規模な金融緩和とインフレ目標で低金利と2%のインフレを実現する。企業は資金調達が楽になり利益が見込め投資が活性化する。消費者はインフレ予想から積極的に消費する。供給需要両面から経済成長が促される。そういうシナリオだったが異次元の金融緩和でマネタリーベースを短期間で大幅に増やし乗数効果を通じてマネーストックを大幅に増やしたのにインフレ目標2%が達成できず期待された経済成長も実現されなかった。

 何が問題だったのか。財政出動が足りないという意見があった。だが財政赤字が巨大で歳出拡大はできないと財政健全化論者は反対する。そこに登場したのがMMTで、通貨発行権限を持つ国では財政破綻は起きず、財政赤字が巨額でも、歳出拡大は可能で且つ経済不振の国では不可欠と主張した。一部の政治家や評論家たちはMMTを高く評価した。これに対して国債残高が増加すれば国債金利が上がり、それを避けるために大規模な金融緩和が必要になる。その結果マネーストックが過剰となり高インフレになると財政健全化論者は反論した。しかしMMT論者はインフレは需要が供給を上回るときに起きる事象であり、需要と供給のバランスを考慮して歳出拡大を行なえば高インフレは回避できると再反論をした。アベノミクスでインフレが起きなかったこともMMTの正しさを証明しているように見えた。しかしMMTを採用している国はなく、需要と供給のバランスをとることも容易ではない。歳出拡大で需要を増やすことはできても供給を増やすことは容易ではないからだ。それゆえ財政赤字が高インフレに繋がるリスクは否定できない。

 ロシアのウクライナ侵攻以来日本ではインフレが発生し、インフレ目標の2%を超えるインフレが続いている。リフレ派もMMTもインフレ目標を超えた場合には利上げ、歳出拡大の停止で対応することを指示している。だが、そうなると積極財政ができない。そこで近年話題になっているのが高圧経済だ。高圧経済は需要が供給を常に上回る状況を作ること、つまりインフレ目標を超えてもインフレ率上昇を当面容認することを要請する。それにより賃上げと技術革新が進み労働生産性が向上し経済成長が実現する。これが高圧経済で経済に高い圧力を掛けることでイノベーションが起きるという考えだ。日本では人口減少を問題視する者が多い。しかし高圧経済論的には、人口減少により労働力需要が労働力供給を上回る状態が続くことになり高圧経済の条件が成立するから必ずしも問題ではない。高市首相は日銀の利上げと移民受け入れ拡大を牽制している。そこから首相は高圧経済論者だと指摘する者もいる。

 しかしながら高圧経済で目論見通りイノベーションが起きる保証はない。それは希望的観測に過ぎない。筆者は福祉と社会保障を守るために積極財政が不可欠と考える者だが、積極財政を成功させることは容易ではない。


(2025/10/30記)


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