☆ 他者への配慮を ☆

井出薫

 ネットをみていると生活保護受給者を非難する投稿をしばしば目にする。そのような者はほんのごく一部だと思う。だが、他人の苦しみを理解しようとしない者が増えているようにも感じる。

 生活保護受給者の中には不正受給している者がいるかもしれない。反社会的組織の構成員がいるなどと言われることもある。親族に高所得者や大資産家がいて、そこから補助を受けられないのかと疑問に思うこともある。だが、そのような者はほんの一握りで、ほとんどの者は真面目に生活しているにもかかわらず困窮し、やむなく生活保護を受けている。配偶者と死別し、子どもに障害があり、本人も心労でうつ病を患ったシングルマザーがいる。それでも本人は子どものためにも生活保護を受けたくないと頑張っていた。しかし見かねた周囲の勧めで一時期生活保護を受けていた。今の日本ではこういう状況に置かれる者は少なくない。しかも、地域の草根の的な手助け、つまり共助システムも核家族化・都市化で衰退している。それゆえ生活保護を受けるしかない。いや受ける権利があり堂々と請求すればよい。そのような境遇に置かれた者の存在は、本人の責任ではなく政府に責任があり、また周囲の不幸に無関心な富裕者にも責任がある。

 ところが、一部の不正事例を盾に、生活保護受給者一般を非難し、生活保護制度そのものに疑念の目を向ける者がいる。年末年始などにほんの少しばかり酒を飲んだくらいで、「生活保護を受けながら酒を飲んでいる。生活保護を返上しろ」などと言う者がいる。生活保護を受けている者はほんのわずかの酒も飲んではいけないのか、平身低頭し周囲に絶えず感謝の言葉を述べていなくてはいけないのか。そんなことはない。生活保護を受けていても皆と対等な人間であることに少しも変わりはない。

 物価高、増加する税金や社会保険料、増えない手取り、政治家や官僚、大企業経営者など権力者の不正、何かと苛立つことが多いのは分かる。しかし、不満や不平を社会的弱者に向けるのはお門違いで、それは皆が不幸な社会を生むことにもなる。誰もが病気になることがあり、倒産などで経済的苦境に陥ることもある。何の罪科もないのに誤解され周囲から非難されたり最悪逮捕されたりすることもある。すべての者が不幸と隣り合わせで生きている。他者への配慮が失われた社会はたとえ経済的に順調でも幸福な社会ではなく、長期的には必ず衰退する。憲法十二条には「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。 又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ」とある。「公共の福祉」が何を意味するかについては様々な解釈があるが、最低限でも他人の権利を尊重することが含まれる。そして生存権は基本的人権の重要な柱の一つだ。生活保護制度は絶対になくてはならない。生活保護を受けている者を誹謗中傷することは許されない。また誰もが生活保護が必要となる環境に置かれる可能性があることを忘れてはならない。国家だけではなく、私たち一人一人がそのことを自覚する必要がある。


(2025/4/1記)


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