☆ 貿易赤字は悪か? ☆

井出薫

 トランプ大統領は貿易赤字を理由に関税を強化しようとしている。一方、経済学者には貿易赤字は悪いことではないと主張する者が少なくない。

 景気が良く賃金が上がり消費が活性化している国があるとする。そこでは需要が供給を上回り物価が上がる。だが供給が需要に追い付かない状況が続くと物価上昇で消費意欲が減退し景気が悪化する危険性がある。しかし海外から安い商品を輸入できれば物価上昇は抑えられ消費者のメリットは大きく経済全体にも好影響が及ぶ。輸入が増えることで貿易収支はマイナス方向に振れ赤字になることもあるが経済にとって決して悪いことではない。これが経済学者が貿易赤字は悪くないという理由だ。

 しかし、海外から品質が同等あるいはそれ以上の商品が安く大量に輸入できるとなると、国内の同じ商品を製造する事業者は苦境に陥る。倒産が起き失業者も増える。経済学では、そこで生じた余剰労働力と資本を他の国際競争力の高い分野に振り向けることで失業率を減らし経済を発展させることができるということになっている。だが、現実にはそう簡単には行かない。長く製鉄業で働いていた労働者に今の仕事を辞めてIT業界で働けと言っても無理がある。頑張ってITのスキルを身に付けても経験に乏しく出来ることは限られ賃金は減る。そもそも地元に有力なIT企業があるとは限らないし、あってもIT企業が未経験の者を雇用する保証はない。

 米国は日本やEU諸国と比べて経済は極めて順調で平均賃金は上昇し続けている。しかし、その一方でラストベルトと呼ばれる地域の労働者たちの生活環境は悪化している。まさに貿易赤字が持つ二つの側面が如実に現れている。マクロ経済的な観点での米国経済の好調と米国内での経済格差の拡大の二つだ。それゆえ貿易赤字には悪い面もある。

 日本は資源エネルギー、食糧など生活と産業に不可欠な商品を輸入し、加工品を輸出している。それゆえ日本の貿易赤字は必需品の輸入価格高騰、国内企業の国際競争力の低下、その両方、いずれかに起因する。経済低迷が続く日本にとって貿易赤字は悪い兆候と言わなくてはならない。

 貿易赤字は悪い場合、悪い面もあれば、悪くない場合、悪くない面もある。それゆえトランプの関税政策を一方的に理不尽だと決めつけることはできない。日本でも農産物などでは高い関税が掛けられている品目がある。またEUを中心に導入が進むデジタル課税も一種の関税だと言えなくもない。

 貿易赤字は結果であり原因ではない。貿易赤字が生じる原因と影響を良く調べたうえで適切な対策を講じる必要がある。不適切な対策は国内経済にも国際経済にも悪い影響を与える。それは米国でも日本でも変わることはない。但し日米では環境が大きく異なり取るべき対策は当然に異なる。トランプが国内産業を守るために関税を強化することは理解できるが、関税の対象範囲と税率が高すぎ国内ではインフレを、国際経済では世界的な景気後退を引き起こしかねない。日本も米国の正当な要求には協力し、不当な要求に対してはしっかりと反論していくことが欠かせない。


(2025/2/27記)


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