☆ 現代民主制の欠陥 ☆

井出薫

 民主制の危機が叫ばれている。世界各地で権威主義的な政治勢力が台頭している。理由については様々な意見があるが、格差の拡大と不公平な富の分配が最大の原因だと考える。

 日本はバブル崩壊以降も低成長ではあるがGDPは増加している。同じ価格でも昔より質のよい製品やサービスを購入することができる。たとえばパソコンや携帯電話は格段に機能が向上している。医療も進歩し以前は不治、難治と言われた疾患でも治るものが増えている。低成長とは言え全体的には国民生活は向上しているはずだ。だが、それは平均値においての話しで、格差が拡大した結果、低所得者層では生活環境はむしろ悪化している。資産のないシングルマザーや老々介護の高齢者世帯などが典型例として挙げられる。前世紀の70年代までは社長の年棒は大学卒の初任給の十倍と言われていた。しかし今では数十倍以上の差がある。さらに非正規雇用の増加が格差拡大に拍車を掛けている。

 保育、看護、介護などのケア労働の従事者は社会的に極めて重要で責任の重い職務を担っている。しかも高い技能が必要になる。ところがそれに見合った賃金が得られていない。一方、空調が効いた快適なオフィスでブルシットジョブ(クソどうでもいい仕事)に従事している大企業の大卒社員は遥かに高い賃金を得ている。これではケアの現場が深刻な人手不足になるのも当然と言わなくてはならない。社会への貢献度で評価され収入が決まるべきなのに、貢献度が高いにもかかわらず低賃金の者がいる一方で、ブルシットジョブで高い賃金を得ている者がいる。現在の市場経済はこのような富の不公平な分配を改善せず寧ろ深化させている。

 日本に限らず、多くの民主制国家で同じ状況が発生している。さらに、世界的に見ると絶対的貧困層の割合は減っているとはいえ先進国と途上国の格差は解消されていない。それにもかかわらず民主制を取る先進国は十分な資金提供、技術協力をしていないのに途上国に対して経済成長の足を引っ張りかねない温暖化対策や財政健全化を迫ったりしている。これでは世界的に民主制が後退するのもやむを得ない。マルクス主義者は米国や西欧の民主制はブルジョア民主制であり真の民主制ではないと批判する。マルクス主義者の意見に全面的に賛同する訳ではないが、現在の民主制が、金持ちや大企業が統制し、金持ちや大企業のための民主制に陥っていることは否めない。数千億円の金が動くと言われる米国大統領選などはその象徴的な存在だと言えよう。

 いずれにしろ、現在の民主制は貧しい者たちや不遇な者たちから支持される体制になっていない。結果的に、生活の改善を約束する専制的な指導者が統治する権威主義国家に対抗できない。民主制を維持発展させるためには、たとえそれが一時的に経済を停滞させたり財政を悪化させたりすることがあったとしても、格差解消と富の公平な分配を実現することが欠かせない。


(2025/1/8記)


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