☆ 東大生の官僚離れ ☆

井出薫

 24年春の国家公務員試験(総合職)合格者のうち東大出身者は189人、14年春の同試験合格者の東大出身者は438人で、10年で半分以下に減っている。東大生にとって国家公務員(総合職)、俗にいう高級官僚の魅力が大きく下がっている。官庁ではこれが大いに問題だとして対策を検討しているらしいが、当然の結果に過ぎない。

 高級官僚と言えば未だに大金持ちという印象を持つ人が多く、ドラマなどでは高級官僚はたいてい大邸宅に暮らしている。しかし、高級官僚のトップである事務次官の年収は3千万程度であり、しかも任期は1年長くて2年に過ぎない。勿論、庶民から見れば大変な高額だが、民間のトップと比べると低い。民間の大企業の社長、CEO等の年収は現在では1億円超えが普通で、3億円なども珍しくない。さらに業績が好調な大企業のトップや外国人経営者では10億に達することもある。半世紀前は大企業のトップと事務次官の年収はほぼ同等だったが、経済成長と財政状況悪化で今では格段に差がついている。また、昔は事務次官退任後、大企業のトップに就任する者が多かったが、いまでは大企業のトップになれる者はいない。財務省が筆頭株主で3割以上の株式を保有するNTTですら社長、会長はNTT生え抜きで官僚出身者ではない。つまり多額の富を得たいならば高級官僚になる意味はない。民間の給与の高い企業に就職しトップを目指す方が遥かに多くの富を獲得できる。

 官僚は仕事もきつい。ブラックと揶揄されることもある。国会会期中は多くの官僚が国会の質疑応答の答弁書作成で連日徹夜をしている。しかも残業代も民間ほど出ない。国会で成立する法律の8割は内閣提出法案で国政における高級官僚の役割は大きい。だからそれに誇りを持つ者はいる。だが、所詮、高級官僚と言えど組織の歯車の一員に過ぎず、できることなどたかが知れている。

 一方で、政治家を目指すのであれば、高級官僚になるメリットは大きい。若いころから国会議員と親しくなることができ、また地方自治体への出向が多く出向時に地元有力者との繋がりもできる。事実、各県の知事は高級官僚出身者が多い。パワハラ疑惑で退職した前兵庫県知事の斎藤も高級官僚出身だ。国会議員でも、自民党総裁選で知名度の低さにもかかわらず善戦した小林など高級官僚出身者が少なくない。政治家になるには行政経験、政界や地元有力者との繋がりが大きく物を言うから高級官僚になるのが近道だと言える。

 要するに政治家を目指すのであれば高級官僚、富を求めるのであれば給与のよい民間企業、というのが俗的ではあるが賢明な選択と言える。どちらを選ぶか、各人の考え方によるが、後者を選ぶ者の方が多いと思う。政治家には権力があるが、大して儲からないし、何をやっても叩かれる。理想論を述べるとお花畑論者と冷笑され、現実主義に徹すると国民の痛みを理解しない私利私欲に走る者と批難される。

 こうしてみていくと、賢い東大生が官僚を敬遠するのは当たり前であることが分かる。だが、東大生の官僚離れが進んでも特段問題はない。国家公務員の仕事で東大出の秀才でないとできない仕事などほどんどない。むしろ、秀才ではなくとも、社会的弱者を助けるために何かしたいという意思を持つ正義感の強い学生にこそ官僚になってもらいたい。その方がずっと世の中がよくなる。官庁も東大生の官僚離れに危機感を抱くのではなく、官僚に相応しい人物とはどのような人物かをよく考えるべきだ。


(2024/10/17記)


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