井出薫
解雇規制緩和が経済界から求められ、自民党総裁選でも争点の一つとなっている。解雇規制については様々な意見がある。だが、議論すべき点が多く残されており安易に緩和すべきではない。 日本の解雇規制は厳しすぎるとよく言われる。しかし欧州でも解雇は容易ではない。解雇には合理的な根拠が必要で、経営側の恣意で解雇などしたら裁判沙汰になり経営側が敗北する。日本では解雇の4要件として、経営維持に不可欠であること、解雇回避措置を講じたこと、解雇対象者の選択が合理的で差別的でないこと、解雇対象者に十分な説明がなされていること、が挙げられる。これが厳しすぎると言うのだが、欧州でも解雇要件は大差ない。ただ欧州ではジョブ型雇用が主流であるため、3番目の要件を満たしやすい。事業所の閉鎖、事業の休止などで該当ジョブが不要になった場合に、該当する労働者を解雇対象とすることが合理的選択となるからだ。一方、日本では職種、勤務先などを限定しない一般職が大半であり、解雇対象を絞りこむことが難しい。たとえば液晶生産事業から撤退するとする。しかし液晶生産事業に従事している労働者の大半は液晶生産の専門職として採用されたわけではなく経営の恣意的な判断で液晶事業に携わっている。液晶生産事業に従事することについて本人から事前の了承を得ていることもない。それゆえ、日本では液晶生産に従事していた者を解雇対象とすることは合理性を欠く。解雇規制を緩和するのであれば、ジョブ型雇用を導入することが不可欠と言えよう。 解雇規制が厳しいから非正規雇用が増えたと論じる者がいる。しかし、解雇規制と非正規雇用の増大が必然的に結びついている訳ではない。後者は小泉純一郎首相時代の構造改革が切っ掛けとなっている。 そもそも解雇規制緩和により成長産業への労働力のシフトが進み力強い経済成長が実現するとは考え難い。小泉純一郎首相時代に労働市場の規制を緩和したが成長産業への労働力のシフトは進まなかった。それは解雇規制の緩和が行われなかったからだと言う者はいるだろうが、解雇規制が緩和されてもシフトが進むかどうかは疑わしい。ITやバイオなど成長産業は総じて労働生産性が高く、優秀な人材は必要だが労働者数を増やす必要性は低い。デジタル人材の不足が叫ばれているが、解雇規制の緩和で労働市場に溢れるのはアナログ人材でデジタル人材ではない。解雇規制を緩和するのであれば、行政が積極的に技能訓練の場を拡充し、アナログ人材がデジタル人材に生まれ変われるようにする必要がある。さもないと失業者や低所得者が増えるだけで経済成長には繋がらない。 先進国の中で今の日本ほど経営者に従順で問題があってもストライキを行わない大人しい労働者が揃っている国は他にない。日本の経営者には、そういう従順な労働者への甘えがあるのではないだろうか。解雇などせず逆に雇用を増やし賃金を上げ、なおかつ売上と利益を拡大する方策があるはずだ。ところが、その可能性を追求せず、売上が伸びないから費用を削減して利益を確保するという後ろ向きの経営が蔓延り日本経済の低迷を招いてきた。長期的に見れば解雇規制の緩和が必要かもしれない。だが、たとえそうだとしても現在の経営者の目線で解雇規制緩和が進めば人々は不幸になる。緩和するにしても広く多くの労働者にとって満足できるものである必要がある。 了
|