☆ 日本経済は回復するか ☆

井出薫

 プライマリーバランスが25年には黒字になるという試算が示された。大手企業を中心にバブル期以来の大幅な賃上げが実現している。この流れを受け日銀は利上げを決め円安ドル高の流れは反転した。円高に動けば輸入品の価格が下がり物価上昇にも歯止めが掛かる。そうなれば実質賃金が上昇し消費の拡大も期待できる。日本経済は回復したのだろうか。

 確かに最近の一連の流れは良い兆候ではある。だが、本格的に回復したとは言えない。安部政権の大規模な金融緩和ですでに10年前から大企業の業績は改善され利益剰余金は年々膨らんできた。つまり、すでに以前から大幅な賃上げと委託業者の委託費を増額し中小企業の業績改善を促す余力が大企業にはあった。ところがデフレマインドから脱却できず賃上げも委託費の増額にも消極的で大規模な金融緩和の効果を相殺した。そして大規模な金融緩和が長期化したことで却って企業は低金利に依存する脆弱な体質に陥った。それがロシアのウクライナ侵攻で輸入品が高騰し、企業は値上げを余儀なくされ、経営寄りで大幅な賃上げを求めてこなかった労組も大幅な賃上げを要求せざるを得なくなった。その結果として大幅な賃上げが実現した。

 プライマリーバランスの改善は経済が上向いた結果というよりも、高齢化に伴う社会保障費増加を抑制したことが大きい。その分、高齢者の生活は厳しくなり65を過ぎても生活維持のために働くことを余儀なくされている者が増えている。一定以上の収入がある後期高齢者については医療費の自己負担比率が1割から2割に引き上げられ基礎疾患を有する後期高齢者には大きな負担増になっている。一方で介護に欠かせない介護士の報酬は依然として低く人員確保が益々難しくなっている。

 大幅な賃上げもプライマリーバランスの改善も偶然的な要素の大きい短期的な成果に過ぎない。これが短期的な成果に留まらず力強い成長軌道に乗る可能性がないわけではない。だが、二つの理由で長続きしないと予想する。まず少子高齢化が進み人口減少が続いている。女性の社会進出が進み就業者数は増加しているが、外国人の受け入れをより一層進めない限り、早晩人口減少が日本経済の減速を引き起こす。国際社会において日本の科学技術力の順位は年々下落しており、日本企業の国際競争力を削ぐ要因となっている。人口、技術力など長期的な経済成長に欠かせない要素において日本は解決が容易ではない課題を抱えている。それゆえ10年を超えて続いた大規模な金融緩和の効果は早晩消滅し、再度大規模な金融緩和をしなくてはならなくなる。だが、それは日本経済が世界から取り残されることを意味し日本経済の衰退を象徴することになるだろう。日本は一時的な景気回復を恒久的なものと勘違いしないで長期的な視野に立ち何をするべきかをよく考える必要がある。


(2024/8/2記)


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