☆ 研究開発 ☆

井出薫

 カミオカンデ、スーパーカミオカンデの後継装置であるハイパーカミオカンデの建設が27年実験開始の予定で進んでいる。建設費は800億、年間の維持費は30億と見込まれている。

 カミオカンデでは故小柴さんが超新星爆発で発生するニュートリノの検出でノーベル物理学賞を受賞した。スーパーカミオカンデでは梶田さんがニュートリノ振動の検出(=ニュートリノが静止質量を持つことの検証)に成功してノーベル物理学賞を受賞した。ハイパーカミオカンデも同じような成果を挙げられるだろうか。

 ハイパーカミオカンデではニュートリノのCP対称性の破れの測定、陽子崩壊の検出、ニュートリノの質量階層の決定、超新星爆発のメカニズム解明などが期待されている。いずれも成功すればノーベル賞級の成果となる。特に陽子崩壊を検出できれば現在の素粒子の標準理論を超える理論の必要性を証明することになり、理論物理学に新たな一頁を加えることになる。

 だが、この話しを聞いて疑問を感じるかもしれない。ノーベル物理学賞を取れたとしても、ニュートリノ、CP対称性の破れ、陽子崩壊などが私たちの生活や産業に役立つことはない。そもそも、それが凄い発見であることを理解できる者など一部の専門家に限られ素人には何のことか分からない。物理学者は最初は役立たないと思われていた研究が今では生活と産業を支えている、だからハイパーカミオカンデの研究もやがて役立つ時が来るなどと言うが、原子よりも遥かに極微の世界や宇宙全体に関わる事象など人間的スケールとは遠く懸け離れた研究が実用化されることはない、過去の事例を恣意的に引用して研究の意義を誇大広告しているに過ぎない。このような浮世離れした研究に800億の建設費、年間30億の維持費を掛けるくらいならば、AI、スーパーコンピュータ、量子コンピュータ、量子通信、核融合発電、宇宙開発、遺伝子操作、ワクチンや医薬品の開発など実用性が高く日本企業の国際競争力向上に役立つ研究に投資をするべきだ。こう考える者もいる。

 日本は資源に乏しく、国土面積が狭いうえに中央部が山脈に占められ農業生産を向上させることにも限界がある。この先も資源や食糧は外国に依存せざるを得ない。それゆえ科学技術力の向上が経済を成長させるために欠かせない。財政が厳しいからと言って研究開発予算を減らすことは得策ではなく国の衰退に繋がりかねない。保育・教育などと同様にむしろ増やす必要がある。だが、そうはいっても予算には限度がある。それは研究開発投資で日本を遥かに凌ぐ米国や中国でも同じことが言える。特に経済が低迷し財政赤字が拡大している日本では広く予算を付けることはできず重点的な投資が必要になる。

 それゆえハイパーカミオカンデのような基礎研究にどれだけ投資するべきかは真剣に考えないといけない。湯川秀樹以来、素粒子論や宇宙論の分野は日本のお家芸と言われ、多くの優れた研究者と研究成果を生んできた。だが、そのことを以て多額の投資が正当化されるわけではない。

 素粒子や宇宙に強い関心を持ち書籍を読み漁った者の一人として、素粒子や宇宙の研究には大いに予算を付けてほしい。だが、税金を使う以上、学者の論理だけで配分を決めることは許されず、広く市民のコンセンサスを得る必要がある。ただ、科学研究には実用性だけではなく芸術と同じような精神的な豊かさを探求するという重要な目的がある。宇宙やミクロの世界の謎を解くことは卓越した芸術を生み出すことと同じ価値がある。


(2024/6/17記)


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