井出薫
76歳(事故当時74歳)の個人タクシー運転手が昨年2人の死者を含む死傷事故を起こし、裁判にかけられている。被告は責任を全面的に認めているが、弁護士は被告は認知症であり事故責任を問えないとして無罪または減刑を求めている。 判決がどうなるかは分からない。だが、74歳しかも軽度とはいえ認知症患者が個人タクシーの運転手をしていたという事実には驚きを隠しきれない。個人タクシーは10年以上のタクシー運転等の経験があれば64歳まで申請することができ、概ね75歳まで営業を続けることができる。また、中小のタクシー会社では75を超える高齢者が運転手を務めていることが少なくない。実際、タクシー乗り場に並んでいると筆者(69歳)よりも年配と思しき運転手に出会うことは珍しくない。10くらい上ではないかと思う運転手もいる。 これは二つのことを示している。人手不足と高齢者の生活難だ。安全面を考えれば、高齢の運転手は望ましくない。本人が健康で運転に自信を持っていても、周囲がその技能を認めていても、70も過ぎれば咄嗟の判断でミスを犯したり、突発的に急病を発症したりする危険性が格段に高くなる。人の生死にかかわる業務であることを考えると65歳、精々70歳を定年とするべきだろう。だが、それでは人手が足りず、75歳を超える運転手がタクシーを運転している。法令で65歳あるいは70歳までとすることはできるが、おそらく多くのタクシー会社は経営が成り立たないと大反対をするだろうし、法令ができたら経営破綻する会社が多発するだろう。タクシー業界に限らず運転手不足は運輸流通業界共通の悩みになっている。東京都で対策としてライドシェアが始まったが、それでも追い付かない。 一方、運転手の側とすれば高齢になっても働かないと生活が成り立たないという切実な現実がある。少子高齢化の急速な進展で現役世代の負担が急増しており世代間格差が解決すべき喫緊の課題となっている。それもあってか、ともすれば現役世代が大きな負担を背負っている一方で高齢者は豊かな生活を送っているかのごとく語られることがある。しかし、それは事実に反する。経済的に十分な余裕があり海外旅行を楽しんだり高額な買い物をしたりしている豊かな高齢者は一部に過ぎない。おそらく全体の一割にも満たないだろう。年代別の金融資産を比較すると60台が一番多い。70台も結構多い。だが、それは一部の裕福な高齢者が平均値を底上げしている結果に過ぎない。高齢者の多くは年々細っていく年金収入と僅かの勤労収入で生活を送っている。高齢者は長生きすると施設への入居や介護を受ける必要性が生じるから一定程度の金融資産の保有は保険として欠かせない。だから金融資産が現役世代並みあるいはそれ以上でも余力がある訳ではない。 これが今の日本の現実だ。それにも拘らず社会保険料の引き上げ、窓口負担比率の引き上げを行っている。そして何かにつけ施策を打つたびに財源、財源と叫び、増税や社会保障の切り捨てを企てる。岸田首相が増税メガネと揶揄される原因はここにある。少子高齢化、景気低迷、財政難で仕方ないと政府は言う。だが、景気回復に向けた諸施策など先に打つべき手があるはずだ。何より不必要に財政赤字を強調し不安を煽り増税・社会保険料引き上げ、社会保障費の削減を図るような緊縮財政政策は止める必要がある。政府はそれが日本経済を委縮させていることを認識すべきだ。 了
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