☆ 少子化対策に関して ☆

井出薫

 異次元の少子化対策を行うと岸田首相は宣言した。結婚したい、子どもが欲しい、だが経済的な理由でできないという人たちを支援することは政府の重要な使命だ。だが、岸田首相の少子化対策には重要な論点がいくつか見落とされている。

 経済的な条件を改善するだけでは少子化を解消することはできない。経済的に余裕があっても結婚しない者はいる。縁がなく結婚できない者もいる。結婚しても、子どもができないカップル、一人で十分あるいは晩婚で一人が精一杯というカップルもいる。周囲にもそういう例は枚挙に暇がない。経済的な理由以外の少子化原因の分析と対策をしない限り、少子化傾向には歯止めは掛からない。
(注)もちろん、人権を侵害するような調査や対策は許されない。LGBTQや独身者、障がい者が差別されるようなことはあってはならない。

 様々な対策を実施しても少子化・人口減少を防ぐことは難しい。日本社会の維持・発展には最低限、人口を維持することが不可欠なのであれば、移民の受け入れ拡大を真摯かつ早急に検討し、法や組織の整備を進めることが欠かせない。移民の受け入れ拡大には文化的な対立など解決すべき課題がある。だが、移民の受け入れ拡大は経済面だけではなく大きなメリットがある。ナチスの反ユダヤ政策を嫌い多くのユダヤ人が米国に逃れた。その中には、アインシュタイン、フォン・ノイマンなど20世紀を代表する天才科学者も含まれていた。亡命ユダヤ人の存在は、米国を繁栄に導き、科学技術の世界でナンバーワンの地位を確立するうえで大きな貢献をした。サッカーワールドカップのフランス代表をみてみよう。フランス国外にそのルーツを持つ選手が多い。フランスだけではなく欧米諸国の多くで、多数の移民の子孫たちがスポーツ界で大活躍している。それはスポーツに限ったことではなく、ビジネス、科学技術、芸術などあらゆる分野に及んでいる。日本でもスポーツ界や芸能界では、海外にルーツを持つ多くの者が活躍している。少子化対策と移民受け入れ拡大はセットで考えるべきだろう。

 もう一つ忘れてはならないことがある。世界人口の増加率は下がっており、20年には第二次世界大戦後初めて年間1%を下回ったと推測されている。だが、それでも人口は増加し続けている。増加率が年平均1%だとすると、21世紀末には人口は現在の倍、160億人を超えることになる。だが、果たして160億人もの人々を地球は養っていけるのだろうか。人口増加率の鈍化から、気の早い報道機関は早晩人口は減少に転じて経済成長の阻害要因になると警告しているが、むしろ人口増加が止まらず、食糧危機を招く危険性の方が高い。日本に限らず先進国はどこでも少子化という問題を抱えており、様々な対策が取られている。対策が功を奏し人口減少に歯止めが掛かり再び人口が増加する可能性もある。中国が一人っ子政策を廃止したことで、中国の人口が再び増加する可能性もある。これらのことを考えると、世界人口の増加率は再び1%を超える可能性がある。むしろ、そうなることを想定して将来の政策を考えた方が良い。というのは、単純な経済成長のモデルだけを考えると、人口減少はマイナスで増加がプラスだということになるが、地球環境を考慮すると、環境負荷に耐える力も食糧増産も限界があり、今より人口が増えない方がむしろ好ましい。人口減少に向かうのであれば環境的にはむしろプラスで生産力の維持という面でも機械化の促進などで対応できる。だが人口増加が続くと環境上の限界に突き当たる。その場合には、食糧と水を巡って争いが起きる。それを考えると、無理に日本人の数を増やすことよりも、移民を受け入れ住民数を維持する方向で政策を進める方が賢明だ。

 人口減少はそもそも何が問題なのだろうか。高齢者の面倒を見る者が減るという問題を指摘する者がいる。だが、技術進歩や体制整備で多くの問題は解決可能と思われる。問題は経済にある。人口増加は労働人口増加による生産力向上と消費の拡大という好循環で経済成長を支えてきた。人口減少が始まると、それが無くなる。今の日本が低成長に喘いでいる原因の一つは労働人口減少にある。そのことは他の国でも日本ほどではないにしても変わらない。だが、それは経済成長を不可欠とする現代の経済システムの問題だとも言える。自然環境の保全を考えると、人口はむしろ減った方が良い。人口が少ないほど環境負荷は減る。また経済が減速すればするほど環境は改善する。新型コロナで世界各地でロックダウンが行われたときには、空が澄み渡り、二酸化炭素排出量が減ったことは記憶に新しい。そのことは、現代の経済体制の在り方を再検討するよい手がかりとなる。確かに、今すぐ、経済成長を捨てて脱成長で生きる、などということは、小さなコミュニティでは可能でも、国家レベルでは不可能と言わなくてはならない。またグローバル化が多くの課題を生んでいるのは事実でも、それを直ちに放棄することは経済活動に大混乱を生じ、グローバル化を進めること以上に大きな混乱と災厄をもたらす。だが、それでも長期的に見れば、人口増加を梃にしないと遣っていけない経済体制や政治体制は変えていかなくてはならない。

 確かに、少子化で若者が減ると社会の活力が失われ改革が進まなくなる。だから、少子化対策が必要なことは認める。ただ、単に経済的な支援だけでは問題は解決しないこと、世界的・長期的視野で問題を考える必要があることを指摘しておきたい。


(2023/1/12記)


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