井出薫
交換業大手FTXトレーディングの経営破綻で仮想通貨(暗号資産)の価値が暴落している。仮想通貨は今では投機の対象とされているが、元々は国家の枠組みを超えた、世界で通用する貨幣を創造する試みだった。だが、そもそもそのようなことは可能なのだろうか。 貨幣とはそもそも何なのか、何であるべきなのか。表券主義という学説では、貨幣とは国家が経済を管理するために発券し、税法などの法で強制通用力を付与したものとされる。つまり貨幣とは国家の信用に基づく信用貨幣だということになる。国債を発行して財政出動することは、国家による信用創造と言ってもよい。だから、表券主義を採用する現代貨幣理論(通称MMT)は貨幣を発行する権限を持つ国家はいつでも貨幣発行することができるから財政破綻など起きず、人々の収入の伸びを超えるようなインフレが起きない限り、いくらでも財政出動ができると主張する。MMTによれば、注意すべきは財政赤字ではなくインフレ率だということになる。MMTが妥当かどうかは議論の余地があるが、金本位制を廃止した現代の管理通貨体制においては、貨幣が表券主義が主張するような性格を持つことは間違いない。 表券主義が正しいとすると、国家の信用という基盤を持たない仮想通貨が世界で貨幣として通用することはない。確かに、国家による保証がない仮想通貨は価値が暴騰したり暴落したりすることがあり、安定した通貨として機能することは難しい。だが、仮想通貨が世界で普及し通貨として通用する可能性は全くないのだろうか。 インターネットは米国では70年代から広がったが、当初は研究機関や大学を結ぶ私的な電気通信ネットワークに過ぎなかった。当時、電気通信ネットワークは各国の政府または政府が管理する公益事業体が独占的に支配していた。インターネットが世界に普及し政府が管理する電気通信ネットワークに取って代わるなどと考えていた者はいなかった。だが、インターネットは世界の情報通信の土台となった。今でも、電気通信ネットワークのバックボーン部分は大手電気通信事業者が運営している。しかし、その技術はほとんどすべてがインターネットから発展したものになっている。そして、大手電気通信事業者はほとんどが民営化されグローバル市場経済の一員になっている。 電気通信ネットワークと貨幣は違う。だが、人と人を結びつけるものであることは共通している。だとすると、今すぐは無理でも、将来、仮想通貨が世界で通用する日が来るかもしれない。それは経済の民主化に繋がる可能性もある。これからも仮想通貨の動向に注目していきたい。 了
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