☆ 財源は必要なのか ☆

井出薫

 社会保障費、防衛費、経済対策、相変わらず「その財源は?」という議論がなされている。報道も、自明の事実のように「財源が問題だ」という。財源に関連して、財政赤字は将来世代へのツケだという論評も目立つ。だが、本当に財政支出に財源は必要なのか、財政赤字は将来世代へのツケなのか。

 現代貨幣理論(以下、「MMT」という)は、こう主張する。財政支出は通貨発行であり、その中から税で通貨の一部を回収する。税を集めてその中から支出するのではない。その逆なのだ。自国通貨の発行権限を有する国ではいつでも通貨を発行できるから、国債残高がいくら増えても債務不履行になることはなく、財政破綻など起きない。

 MMTが正しいとすれば、財政支出に財源は不要であり、また、財政赤字は将来世代へツケを回すことではなくなる。つまり、財政赤字はそれ自体は問題ではない。それゆえ、政府の経済政策は財政均衡を目指して実施するべきではなく、インフレ率と雇用率を指標として経済均衡を目指して実施するべきだということになる。

 MMTの主張は、著名なMMT論者の一人であるケルトンの著作『財政赤字の神話』のヒットで日本国内でもかなりよく知られるようになってきた。政治家の一部でも支持する者が出てきている。れいわ新選組の山本太郎は消費税廃止を訴えている。消費税廃止は当然に税収減になり財政赤字の拡大に繋がる。しかし、山本はMMTに基づき、消費税廃止は経済的弱者を助け、消費拡大さらには景気浮揚に繋がるから正しい政策であり財政赤字の拡大は問題ではないと主張する。一方で社会保障費増大の抑制と世代間格差の是正という名目で、後期高齢者の医療費負担比率の引き上げなど社会保障費の削減と保険料の引き上げが進められている。財政支出には財源が不可欠とする既存の立場を取る限り、バブル前のような高度成長または安定成長が期待できない現状では、増税や社会保険料の引き上げをするか、社会保障費削減などの緊縮財政策をとるかの二択に迫られる。だが、MMTに基づけば、どちらも必要ない。社会保険料の引き上げと社会保障費の削減はいずれも消費を冷やし景気浮揚を阻害する。それに対して、MMTに従うのであれば、社会保障を充実させながら税金や保険料を据え置き、さらには景気浮揚を実現することができる。

 そんなうまい話があるのか、それが多くの者が抱く疑問だろう。だから、MMTは現状では、政財官と報道からはほぼ無視されている。経済学者も支持する者は少ない。なぜMMTは駄目なのか。財政支出を増やし、しかも減税などしたら、通貨信用が失われ、通貨は暴落し物価が高騰、ハイパーインフレになりかねないと反対派は主張する。確かに、MMT論者も過剰な財政支出がインフレを引き起こす可能性があることは認めている。だが、インフレとは需要に見合う供給ができないときに起きる現象で、需要に見合う供給ができるか否かを吟味して予算を策定し執行すれば通貨信用の崩壊は起きず、高度のインフレが生じることはないとMMTは反論する。MMTは財政支出は規模が大きければ大きいほどよいという無責任な主張ではない。財政赤字を気にする必要はないが、高度なインフレを避けるために合理的な予算とその執行が必要だということを主張している。

 筆者は決して全面的にMMTを信用しているわけではない。ただ、MMTを否定する論者、MMTを無視して財政健全化論を展開する論者、いずれからも、MMTが間違っている理由について納得できる説明を聞いたことがない。本やネットを調べても見つけたためしがない。それゆえ、MMTが正しいかどうかは、MMT論者に従った経済政策を実行してみないと判断できない。リフレ派の主張に従って実行された大規模な量的質的金融緩和が期待通りの成果を上げられなかったように、MMTに基づく経済政策が成功しない可能性はある。ただ確実に言えることは、MMTはけっしてトンデモ理論ではないということだ。財政支出には財源が不可欠で、無いと財政赤字が拡大して財政破綻するなどという主張はけっして証明されたものではなく、これまで多くの者がただそう信じていたに過ぎない。昨年、当時の財務事務次官が政府の経済政策をバラマキと批判し、このままで財政破綻するという論説を雑誌に発表して話題になった。だが、その論説も財政破綻が必然であることの証明がなく、MMTへの反論もなされていない。確かに、政治家が票目当てでお金をばら撒きたがっているのは事実で、それが経済を歪める危険性があるのも紛れもない事実だ。竹下政権下のふるさと創生と称する給付金で各地方自治体は箱モノを多数作ったが、有効活用されているものは少なく維持費が嵩むだけになっているものもある。財政支出の規模が大きければよいというものではないことは言うまでもない。それゆえ、このようなモラルハザードが起きることは回避しなくてはならない。だが、まさにそのことこそMMTが主張していることなのだ。

 いずれにしろ、今のままでは、日本はいつまで経っても経済が回復せず、増税しても、社会保障費を切り詰めても財政赤字が解消しない状態が続く。リフレ派が主張した大規模な量的質的金融緩和が景気浮揚に十分な効果がなかった今、MMTの発想を経済政策に取り入れ、新しい経済政策を実行する必要があると考える。少なくとも判を押したような財源必要論はしばらく忘れた方が良い。(注)
(注)たとえば、ベーシックインカムは、財源必要論をとる限り実施不可能だと思われる。


(2022/11/20記)


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