☆ 日本経済の現状 ☆

井出薫

 バブル崩壊以来、日本経済は低迷している。既得権益層を守る不要な規制が成長を妨げているとして、小泉政権は構造改革を断行した。しかし、成果はなかったとは言えないが、経済は回復しなかった。安倍政権は、金融緩和が不十分だとして、異次元と称する大規模な金融緩和を行ったが思うような成果は上がらず、物価高が国民生活に影響を及ぼしているのに、金融緩和を縮小することができない状況に陥っている。近年は、雇用の流動化など構造改革をさらに進めることが不可欠だとする意見が財界や日本維新の会などから出されている。しかし、それは小泉改革の焼き直しにすぎず、それだけで経済が良くなるとは思えない。

 要するに、バブル崩壊以降、時々の政権が支持する経済学者の提言に基づき様々な経済政策が実行されてきたが、経済回復には至らなかった。しかし、それは無理からぬことだと思われる。なぜなら、長期に亘る経済低迷の原因を徹底的に究明することなく、マクロ経済学的な論理だけで経済政策を立案・実行してきたからだ。日本は欧米と同じ資本主義的市場経済ではあるが、社会構造、伝統、文化、慣習などに大きな違いがあり、欧米で通用するマクロ経済政策が日本でも通用するとは限らない。むしろ30年に亘る低迷は、欧米流のマクロ経済学的政策だけでは経済問題は解決できないことを示唆している。

 では、原因は何なのか。言うまでもなく、そこには多数の要因が重なり合っている。世界でも最も急速に進む少子高齢化とそれに伴う勤労者人口の減少、終身雇用と年功序列に代表される雇用制度とそれを支える心情−たとえば同期で差が付くのは可哀そうだという同情心など−、経営者から消費者まで蔓延するデフレマインド−収入の伸びが期待できないので経費削減、投資抑制に走る経営者、値上げを嫌う消費者−、会社員ならば誰でも感じているであろう無駄な仕事の多さ−意義の乏しい大量の資料作成、長時間の打ち合わせなど−、同調圧力が強く、周囲の批判や反対を恐れて新しいことに挑戦できない社会環境、科学技術力の低下とその背景の一つである博士が大事にされない研究・教育環境、男女格差、など要因は枚挙に暇がない。

 構造改革や金融緩和などのマクロ経済学的な対策はもちろん重要で、これからも状況をみながら適宜進める必要がある。だが、それだけでは不十分で、上に挙げたような個別の要因について丹念に調査分析し、改善を進めていく必要がある。これは非常に手間が掛かり、解決が容易ではない課題がたくさんある。たとえば、勤労者人口の減少対策としては移民の受け入れ拡大が考えられるが、移民の諸権利の保証と教育訓練の充実など解決すべき課題が多い。しかし、これら多くの課題を粘り強く解決していかなければ、低迷から脱却することはできない。いずれにしろ、構造改革とかアベノミクスなどという旗印を掲げるだけでは、日本経済は復活しない。それを妨げている要因を一つ一つ解消していくことが欠かせない。そして、忘れてはならないことは、あらゆる分野で改革を避けることはできないという現実を政治家、官僚、経営者から一般市民まで広く情報共有する必要があるということだ。今は、それを先導することが政府の第一の仕事となる。そして、一般市民は経済の復活には多くの課題を解決する必要があること、それには長い時間が必要であることを認識する必要がある。


(2022/9/23記)


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