井出薫
安倍晋三元首相の国葬の日が近づいてきた。しかし、私見だが国葬には反対だ。 国葬の条件として、日本国民に対して目覚ましい功績があること、多くの日本国民が国葬に賛成していること、この二つが欠かせないと考える。 アベノミクスは、大企業の業績と雇用状況を改善したが、日本経済を立て直したとは言えない。異次元の大規模な金融緩和は当初2年でデフレ脱却を果たすはずだった。しかし、果たせず、9年も続けたことで近頃は副作用が目立つ。また安倍政権下で、デジタル化、環境対策、研究開発力は世界から大きく立ち遅れた。地球儀外交と称し精力的に世界を回り日本の存在感を高めるのに一定の貢献をしたことは認めるが、北朝鮮の拉致問題も、北方領土問題も進展はなく、日韓関係は悪化した。憲政史上最長の政権であったが、それは民主党が分裂し、野党の連携が進まなかったことで受け皿がなかったことが大きい。 各種世論調査では、国葬に賛成する者よりも反対する者が上回ることが多い。これから長く日本の中核として活躍する若者たちに賛成者が多いことは配慮すべきであるが、それでも、広く国民に国葬が支持されているとは言い難い。これらのことを考え合わると、国葬は妥当ではない。 一方、法的根拠がないことを理由に国葬に反対する意見、またそれを受けて法制化を主張する意見があるが、いずれも同意しがたい。国葬に伴い故人の思想や政策を国民に支持することを要請したり、休校や休業を指示したりするなど、国民の基本的人権を制約するような行為をするのであれば、法的根拠が欠かせない。だが、政府はそのようなことはしないと明言している。だから、国葬の差し止め請求は訴訟そのものが却下されている。異論はあるが、筆者は行政裁量の範囲で国葬を実施してもよいと考える。国会の承認もなく国家予算から国葬費を支出することが財政民主主義に反するという意見があり、一理あるが、一般予備費からの支出であり行政裁量の範囲内と解釈できると思われる。国民はそれが妥当ではないと考えるのであれば、デモなどで国葬反対の意思表明をするか、選挙で岸田政権にノーを突き付ければよい。また国葬の法制化にも賛成しがたい。法制化すれば安易に国葬が行われることになりかねないし、法制化することで国民の権利の制約が正当化される恐れもある。 問題は、野党の意見も聞かずに国葬を決め、国民に国葬の理由と意義を十分に説明していないことだ。法的には許容されるとしても、これは民主主義の理念に反する。「話を聞く力」が自慢の岸田首相だが、多方面の識者の意見を聞いたとは思えない。多数の海外要人の来訪が予定される中、いまさら中止はできないだろう。だが、このようなことを繰り返していたら、確実に支持率は落ち、政権は長続きしない。 了
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