☆ 前途多難の日本 ☆

井出薫

 COP26で、石炭火力発電の段階的廃止、自動車のEV化の方針が打ち出された。中国やインドの反対もあり、会合の成果文書には、石炭火力発電は廃止ではなく削減と記されたが、廃止の方向であることに変わりはない。途上国に対しては、経済発展や貧困対策が不可欠であること、十分な技術的な基盤がないことなどから、石炭火力発電の長期に亘る使用も許容される。しかし、先進国である日本には廃止が義務付けられたと考える必要がある。だが、日本にとって、石炭火力発電廃止も、EV化も容易ではない。日本は決して温暖化対策に消極的な訳ではなかった。温室効果ガス削減のために二酸化炭素の排出量を削減した石炭火力発電の開発導入を進め、HVの開発を進めてきた。HVは高速運転時に内燃機関を使うため二酸化炭素が発生する。それゆえEVよりも温室効果ガス削減効果は少ないと思われるかもしれない。だが、EVよりはHVの方が蓄電池の充電に使う電力は少なくて済む。発電における太陽光など再生可能エネルギーの使用比率が低い日本では、一気にEVへと転じるよりはHVを使用する方が理に適っている。だが日本の方針は認められなかった。HVの開発に資金を投じてきたことで、EVでは日本は出遅れている。今後、EVが主流となった時、今のように日本企業が市場で大きなシェアを占めることができるか疑問と言わなくてはならない。自動車産業も家電や通信機器と同じ憂き目に会う恐れがある。自動車産業まで他国にシェアを奪われるようだと、日本は輸出で稼ぐことが出来なくなり、グローバル市場での存在感はますます薄れ経済にも悪影響が生じる。また、日本列島は中央を山脈が走り平野が少ない。それゆえ、膨大な量の太陽光パネルを設置できる場所は限られている。しかも人口が多く電力需要は大きい。それゆえ発電に占める再生可能エネルギーの割合を増やすことは容易ではない。

 欧米各国では、インフレが進行し、金融緩和が縮小されようとしている。ところが、日本では、異次元と称された大規模な金融緩和を13年に始めてから8年も経つのにインフレターゲットの2%すら実現できず、だらだらと大規模な金融緩和が続いている。その結果、90年代初頭にバブルが弾けて以来、日本経済は長いトンネルに入っているが、未だに出口が見つからない。なぜなのか。行政が硬直化し、無駄な規制が多数存在するために民の力が十分に発揮されていないことが原因だとして、小泉改革・構造改革が断行された。だがデフレが続き低成長を脱することはできなかった。その後、金融緩和が不十分であることが原因とされ、異次元と称される大規模な金融緩和が実施されたが、それでも停滞は続いた。そして、今は、分配が上手く行っていないことが原因とされ、様々な対策が提案され一部実施されようとしているが、どれも付け焼刃の印象は拭えず期待できない。他国と比較して日本はこの30年、賃金が伸びていない。これが停滞の原因だとされるが、これが原因なのか、結果なのかも分かっていない。自由主義経済では、国家は、労働者の社会権の実現のために、最低賃金、労働時間の制限、健全な労働環境維持の義務化、解雇権乱用の禁止、団結権の擁護などの政策を実施し、企業に強制することができる。だが、最低賃金を守る限りは、賃金は企業経営者と労働組合の交渉で決まるものであり、国家が命令することはできない。賃金の引き上げに対して、税制上の優遇措置をとる、補助金を出すなどして賃上げをしやすい環境を間接的に作ることはできるが、それがどこまで効果があるかは分からない。それゆえ、自由主義経済を日本が採用し続ける限り、国家の政策により賃金が上がる保証はない。だが、計画経済を国民が受け入れる可能性はなく、また受け入れても上手く行かないだろう。どうやら日本経済は袋小路に陥っており出口は容易には見つからない。

 国内外から指摘される通り、日本の科学技術力は衰えている。新型コロナのワクチンを自力で開発できず、AI、ゲノム編集、量子コンピューティングなどの最先端技術でも、米国、中国など他国に大きく遅れを取っている。半導体、通信機器などかつては日本企業が巨大なシェアを有していた分野でも今は見る影もない。21世紀に入り、日本人のノーベル賞受賞者が急増したが、それが日本の科学技術力向上に結び付いていない。研究開発費の増額が望まれるが、世界でも有数の高齢化で社会保障費が急増している日本では、研究開発に巨額の投資を行うには社会保障費の削減が必要となる。しかし、それを国民は容認しないだろう。MMTの主張者に倣い、財政赤字を気にせず、どんどん研究開発に投資するという策はあるが、世界で本格的にMMTに基づく積極財政策を展開した国はなく、成功するかどうか疑わしい。失敗して高度のインフレや通貨信用の失墜などを招くと、それこそ日本は終わる。科学技術立国の復活は容易ではない。

 近年、外交も成果が乏しい。米国との関係はまあまあ良好だが、中国の台頭などで世界情勢が大きく変貌しつつある現在、この先どうなるか分からない。中国、韓国とは関係改善が進まず、北朝鮮による拉致問題も一向に解決の兆しがない。国連の要職などに日本人の名を見ることはほとんどなく、経済の低迷もあって国際政治でも日本の地位は下がっている。今後インドなど途上国の台頭が確実であり、このままでは日本の影はますます薄くなる。だが、この流れを変えることは難しい。

 このように、今の日本は問題山積で、未来は明るいとは言い難い。国の経済力や政治力が衰えても、国民が平和で幸福に暮らしていけるのであれば何ら問題はない。第二次世界大戦では強い国になろうとして甚大な犠牲を招いた。国家より国民の方が遥かに大切であることは言うまでもない。だが、現実の世界を見る限り、安定した国家なくして幸福な国民はない。ある程度は強い国家が欠かせない。それゆえ、本稿で述べたような課題を解決していく必要がある。だが、どうも心許ない。日本全体に諦観や無関心が蔓延り、問題の存在から人々が目を逸らしているように思えるからだ。一方で、一部の短気な者たちはやたら中国や韓国を目の敵にして、両国に好意的な意見を述べる者にすぐに「反日サヨク」のレッテルを貼る。もとより、そのようなことは日本をよくすることに何の役にも立たない。必要なことは現実をよく見て、考え、他人の声を聞き、開かれた心で議論し、無暗に悲観したり攻撃的になったりすることなく冷静に行動することだ。だが、その当たり前のことが今の日本では一番難しい。日本の前途は多難と言わなくてはならない。


(2021/11/20記)


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