☆ 立憲民主党に望むこと ☆

井出薫

 選挙結果の責任をとって枝野代表が辞任する。菅政権時代の参院補選や横浜市長選での連戦連勝、前哨戦と言われた静岡の補選での自民党候補を破っての勝利、総選挙で立憲民主党は議席を大きく伸し、自民党は大きく議席を減らし過半数割れもあると予想されていた。だが、蓋を開けてみると、立憲民主は議席を減らし100を切り、自民党は議席を減らしたものの絶対安定多数の261を獲得した。これでは枝野の辞任もやむを得ない。

 なぜ敗北したのか。共産党との共闘を問題視する声がある。日米安保の廃止、自衛隊の段階的解消、天皇制の廃止を謳う共産党と、日米安保、自衛隊、天皇制を擁護する立憲民主党は思想的にも政策面でも決定的な違いがある。それにも拘わらず共産党と共闘するのは政権欲しさの野合だという批判があった。また、共産党は立憲民主の支持母体の一つである連合とも折り合いが悪い。共産党との共闘により従来からの支持者が離れた可能性は否定できない。

 だが、共産党との共闘は間違った選択ではない。民主党政権が終焉して以来、民主党の分裂で政界は自民党の一強状態になっている。安倍政権はそういう状況の中、選挙で連戦連勝を続け7年8カ月という憲政史上最長の政権となった。病気で退陣していなかったら今でも政権が続いていた可能性もある。長期政権には政治の安定など良い面もあるが、自民党一強の長期政権の下、森友、加計、桜を見る会などの不祥事が全容の解明を見ることなく闇に葬られた。官僚は首相と官房長官の顔色を見ながら仕事をするようになり、政治家にない能力と経験を持つ者として政治家に対して諫言することを忘れ、ひたすら忖度するようになった。このような状況を解消し、政治を正しい姿にするためには、強い野党、政権交代があり得る状況を作り出し、自民党が緊張感をもって政治をするように促すことが欠かせない。そのためには、選挙で野党が躍進する必要がある。立憲民主と共産の共闘はそのためだった。立憲と共産がばらばらに候補者を立てれば、非自民票は分散し選挙区で勝つことは難しい。事実、候補者を一本化することで勝利した選挙区は少なくない。

 また、立憲民主と共産の共闘を政策の違いを無視した野合という批判は当たっていない。長期政権の弊害を是正するという喫緊の課題のために、思想や政策が異なる者が連合することは決して間違った行動ではない。米国と中国は厳しい対立関係にあるが、温暖化対策では歩調を合わせようとしている。日本も中国とは政治体制でも政策でも大きな違いがあるが、経済や文化の分野では連携を深めている。思想や政策が違うとしても、目的を同じくする者が協力し合うのは当然のことであり非難すべきことではない。むしろ思想や政策の違いですぐに排除するような偏狭な態度こそ非難に値する。しかも、共産党はすぐに日米安保を廃棄し、自衛隊を解散し、天皇制を廃止せよと言っている訳ではなく、国民の合意を得て実施すると述べている。それゆえ、共産党が閣外協力するからと言って、立憲民主党政権が実現したとしても日米安保等を廃棄することにはならない。共産党もそれを要求しないだろうし、要求されても拒否すればよい。それで閣外協力を止めると言えば共産党自身が選挙民から見放される。

 立憲民主党は希望の党から排除された旧民主党系の議員たちの受け皿として枝野が結党した政党で、枝野の圧倒的な影響力の下で党運営を進めてきた。その枝野が辞任した後、果たして纏まって行動することができるのか、かつての民主党のように党内対立で分裂に至る危険性はないのか危惧される。もし路線対立で分裂するような事態に至れば、自民一強はさらに強化され、日本は実質的に野党不在の政治に陥る。日本維新の会は今回の選挙で躍進したが、そのタカ派的な政治姿勢と、ベーシックインカムの導入や憲法裁判所の設置など斬新ではあるが現実性も妥当性も乏しい政権公約を掲げていることから、立憲民主に取って代わって広く国民の支持を集められるとは思えない。それゆえ立憲民主党の責任は大きい。議論は公の場で大いに行うが最後は一致団結して国民のために行動するという姿勢を堅持し、新しい代表の下、党勢を立て直し、国民民主や日本維新の会を含めた野党連携を進め、日本の政治を良い方向に導いてもらいたい。


(2021/11/5記)


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