☆ 茶番 ☆

井出 薫

 朝日と毎日が、新型コロナワクチンの大規模接種会場の予約システムにセキュリティ上の不備があると報じた。存在しない接種券番号で予約が取れると言う。これに対して防衛省が抗議し安倍前首相はSNSで批判した。政府関係者や自民党議員からも批判の声があがっている。しかし、これはどっちもどっちで、茶番としか言いようがない。

 新型コロナワクチンの大規模接種は当初から予定されていたものではなく、接種の遅れを憂慮する政府が急遽立ち上げた施策だ。当然のことながら、その予約システムは、市区町村独自の予約システムとは連動していない。だから、接種券番号の正当性をシステムでチェックすることができない。主催する防衛省も2重登録が可能で、2重登録した者は必ずどちらかをキャンセルするように周知している。つまり、存在しない番号でも登録できるのはシステムの仕様であり、また、他人の情報を盗み見ることが出来るわけではないからセキュリティ上の不備ではない。

 朝日と毎日は実際にアクセスして適当な接種券番号で登録できることを確認したという。しかし、実際にテストするまでもなく、存在しない接種券番号で登録できることは容易に推測できる。大した回数ではなくあとから予約をキャンセルしているから実害はほとんどなかっただろう。とはいえ、システムが混雑している状況で余計なテストをすれば、本当に接種を必要とする者が予約できなかったり、システムに過大な負荷を掛けたりすることになる。しかも、それを大々的に報じることで真似をする者が出てくることも危惧される。報道をみて実際に試してみたという者もいるに違いない。テストをして一方的に報じるのではなく、防衛省に問題を指摘し対策の取材をしたうえで報じるべきだった。

 だが、防衛省側にも問題がある。2重登録が可能であることは周知しているが、存在しない番号でも登録できること、存在する番号でも間違った名前で登録できることを周知していない。本来はそれを周知し、登録する際、接種券番号と氏名、住所などを間違いなく記入するように注意を促すべきだった。高齢者にはインターネットをうまく使うことが出来ない者が多く、子どもが代わりに登録することが多い。その際、勘違いで父母の接種券番号と氏名が逆になってしまうこともあるだろう。そういうことがないように十分な周知が必要で、また、そのようなことが起き、システム上は母親が来るはずの日時に父親がきてしまったときにどうするか決めておく必要がある。だが、そういう準備ができているとは思えない。また、周知が不十分で接種会場がどこにあるのかよく分からない。予約した当日、場所が分からず迷う者も少なくないだろう。さすがにそれに気が付いたのか電話センターを設置したが、対処が遅い。報道も大規模接種が始まると報じるだけで、場所などの案内がない。

 さらに、呆れたのが、安倍前首相がSNSで朝日と毎日を愉快犯扱いしたことだ。如何にも、この人らしい発想、物言いだが、無責任と言わなくてはならない。確かに、朝日と毎日の行動には問題がある。だが、このような茶番を招いたのは、新型コロナ対策で後手後手に回った政府に原因がある。昨年9月に退任したとはいえ安倍前首相の責任は重い。ところが元気になったらすっかり前のことは忘れたらしい。安倍の発言を受けてか、他人の接種の機会を奪う危険性があることなどを盾に朝日と毎日を批判する政府関係者や自民党議員がいる。しかし、そもそも、政府が接種を自治体に丸投げし、批判を受けたあとから泥縄式で大規模接種を進めたりしたことがこのような事態を招いた。朝日と毎日が報道しなくても、存在しない接種券番号で登録できることはいずれ確実に世間に広く知れ渡たる。そして、それが問題となることは目に見えている。ところが、そのことに対して何の反省もない。

 新型コロナのような非常事態は誰も経験していない。だから、みな混乱することは無理がない。失策も当然に多くなる。だが、すでに感染が確認されてから1年以上がたつ。政府、報道、ともにもっと合理的な行動がとれるはずだ。そうでなければ、感染対策は先に進まない。茶番は止めて、過去を反省し、しっかりと仕事をしてもらいたい。


(2021/5/21記)


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