☆ 同性婚 ☆

井出薫

 同性婚を否認する根拠として憲法24条が挙げられることがある。同条の冒頭には「婚姻は、両性の同意に基づき成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として」とある。この文言を読む限りでは、婚姻とは男女の間でなされるものと解釈される。同性婚を認めないことを違憲とする札幌地裁の判決でも、憲法24条は異性婚の婚姻に関する条項であり、同条を同性婚を認める根拠とすることはできないと判断している。

 その一方で、札幌地裁の判決は、同性婚を認めないことは、憲法14条に定められる「法の下での平等」に反すると論じる。確かに、同性愛者が、異性愛者が得られる婚姻による様々な便益を得られないことは不平等だと言わざるを得ない。かつては、同性愛を病気とみなす見解が支配的で、同性愛者という病人と健常人(異性愛者)との区別は差別ではないと考えられていた。コンピュータサイエンスの父、20世紀を代表する天才、アラン・チューリングも1952年に同性愛者として逮捕され、強制入院・治療を施され、それが原因か否かは定かではないが自殺している。これに対して、英国政府は、漸く21世紀に入ってから、チューリングに対する非人道的な行為を正式に謝罪した。21世紀に入るまでは、同性愛に対する偏見が世界を支配していた。だが、今では、同性愛を病気とみる考えは否定されている。それゆえ、同性愛者と異性愛者の間で、婚姻について差を設ける根拠はなくなっている。しかし、現行の法体系では、婚姻により与えられる相続権、配偶者控除など多くの権利が、同性愛者には認められていない。それゆえ、早急に民法を改正し差別を解消する必要がある。

 ここで議論となるのが、憲法24条は婚姻を異性間でのみ認めており、憲法改正をしないと同性婚を認めることはできないのではないかという点だ。憲法改正は容易ではない。24条の改正には自民党が強く反対する可能性が高い。それゆえ、憲法改正なしには同性婚は認められないということになれば、同性愛者が受けている不当な差別の解消が当面不可能だということになる。

 しかし、憲法を改正することなく民法の改正だけで同性婚を認めることができると思われる。現行憲法の叩き台となったGHQ草案では、「mutual consent」とある。つまり「両性の合意」ではなく、「相互の合意」という表現だった。翻訳版でも「相互合意」とある。それが現行憲法の条文となる過程で、同性の合意という表現に変わった。だが、その過程で、同性婚について議論がなされた形跡はない。当時は、先に述べたチューリングの事件でも分かる通り、同性婚はありえないというのが常識だった。それゆえ、「相互合意=両性の合意」という観念の下で、言葉を変えたに過ぎない。おそらく相互の合意という表現より、両性の合意という表現の方が前後の文章としっくりくると考えたのであろう。つまり、その出自からしても、24条は同性婚を否定するものではない。ただ同性婚を想定することができなかったという事実があるに過ぎない。それゆえ、憲法24条が同性婚を否定していると解釈する必要はなく、民法に同性婚に関する条項を追加しても憲法に違反することにはならない。

 確かに憲法を改正して明示的に同性婚を認めるようにした方が分かりやすい。しかし、それでは時間が掛かるから、速やかに民法を改正して差別を解消した方がよい。自民党はLGBTに対する国民の理解を深めることが先だと屁理屈を言うが、反論になっていない。現行の法体系の下で、同性愛者が不当に差別されていることが問題なのであり、たとえ国民の多数が同性婚は認めないと主張しているとしても、法の下の平等という観点から同性婚を認める必要がある。つまり同性婚を認めるかどうかは多数決で決めることではなく、基本的人権擁護という観点から決めるべきことなのだ。民主主義=多数決ではない。少数者の権利が認められて初めて民主主義が本当に機能し、人権が擁護される。国民の理解が進んでいないからと言って、同性婚を拒否することはできない。しかも、現実には、各種世論調査から明らかなように、同性婚を容認する声が多数を占めるようになっている。特に若い世代では圧倒的多数が同性婚を認めている。つまり、今の日本で、民法に同性婚を導入することにはほとんど障害はないと言ってよい。

 19世紀前半、功利主義の源流のひとり、ベンサムは当時の常識に反対して同性愛を擁護した。彼はこう主張する。「同性愛は、誰にも損害を与えず、当人たちが幸せになれるのだからよいことだ。」と。同性愛に違和感を持つ者もいるだろう。だが、同性婚が認められたとしても、誰も何の被害も蒙らない。社会が混乱するなどという者がいるが、同性婚を認めた国や地域で混乱が起きた例はない。また混乱が起きると推測する理論的根拠もない。それゆえ、同性婚を認めることには何の不都合もない。自民党議員の方たちもそのことを考え、民法の改正に賛成するか、賛成できないなら、暫定的な措置として、同性愛者に婚姻と同じ社会的効果を得られる権利を付与してもらいたい。それが国会議員の責務だと考える。


(2021/3/26記)


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