☆ 人類は生き残れるか ☆

井出薫

 技術の進歩と産業の拡大で、暮らしは便利になり、寿命は延び世界人口は急増している。人類は地球の至る所に進出し制圧している。まさに、人類は絶頂期にある。だが、一方で危機は拡大している。新年早々縁起でもないが、人類は生き延びられるのか不安になる。

 ハイデガーは70年前、技術は人間の道具だが、いまや人間そのものが技術の道具になっている、危機は拡大している、と警告した。確かに、技術の進歩と産業の拡大で私たちの生活はよくなった。しかし、その分、環境を破壊し、汚染し、それがいま人類に跳ね返っている。スマホをいっときも手放せない現代人は、まさに人間が技術の奴隷になっていることを象徴している。

 二酸化炭素排出量を2050年までに実質ゼロにすると言う。だが、発展途上国はこれからも速やかに経済成長をしなくてはならないから二酸化炭素排出量を実質ゼロにすることはおそらく不可能だ。世界のどこに生まれようと、誰もが先進国並みの生活をする権利がある。そして、実際、発展途上国の人々はそれを主張するし、先進国はそれを支援する義務がある。だが、そのことを考えると、先進国は2050年までに排出量を実質ゼロではなく、実質マイナスにする必要がある。さらに、日本は人口減に悩まされているが、世界人口は急増しており2050年には90億人に達すると予想されている。そうなると、世界人口を養うために、より広い農地が必要となり森林の伐採などが進む可能性が高い。だが、重要な炭素吸収源である森林面積が減少すれば炭素吸収量が減る。そうなれば、ますます削減すべき排出量が増える。また、地球温暖化で永久凍土が溶け大量の二酸化炭素や(二酸化炭素より20倍以上温室効果が高い)メタンが大気に放出されると危惧されている。しかも、こういう極めて困難な状況に直面しているのに、政治家や企業家たちは経済成長のことしか頭になく、環境問題を環境ビジネス拡大の機会としてしか捉えていない。こう考えていくと、温暖化問題は、とても解決が可能だとは思えない。

 大気汚染や水質汚染も深刻だ。新型コロナで人の往来が急減し経済活動が停滞したことで、一時的に、世界の多くの地域で、澄み渡った空やきれいな水が戻った。二酸化炭素の排出も減った。だが、経済活動が再開するとすぐに環境は元通りに悪化した。この環境汚染の流れを変えることは容易ではない。60年代、日本は毎年のように夏場になると光化学スモッグに悩まされていた。技術革新により青空は戻った。だが、空気が本当に昔のようにきれいになったかというと違う。地方で暮らす友人が東京に来ると必ず言う「東京の空気は汚い」と。一方、東京に暮らす者は地方に行くと空気が実にすがすがしいことに気づく。だから旅がしたくなる。水質も以前よりは改善したが、メダカや蛍は戻ってこない。世界をみれば、大気汚染と海洋汚染は回復が不可能と思えるほど進んでいる。プラスチックごみが深刻な海洋汚染を引き起こしていることは言うまでもない。

 発展途上国の経済成長と世界人口増加は食糧危機、水危機を引き起こす可能性がある。ICTやAIの技術は急速に進化しているが、食糧増産に関してはそう簡単にはいかない。特に、温暖化阻止や生態系保全など環境に配慮するとますます難しくなる。いずれ将来、食糧を巡って深刻な紛争が起きる可能性は低くない。

 人類の活動が拡大するにつれて、生物種が急速に減少している。カンブリア紀以降、地球では過去5回、生物の大量絶滅が起きている。その原因は大陸移動に伴う火山活動の活発化、隕石衝突などと推測されている。そして、いま6回目の大量絶滅が起きていると言われる。だが、それは過去のように自然現象によるものではなく人類の活動による。もし日本列島に人が住んでいなければ、今でもたくさんのオオカミやカワウソが日本列島に生息していたはずだ。地球で最も邪悪な生物は何かと問われれば、人類だと答えなくてはならない現実がある。生物の絶滅は自然環境を激変させ人類の文明にも巨大な災厄をもたらす。人間と言えど自然から独立しているわけではなく、地球生態系の一部として生存している。その環境が破壊されればどんなことが起きるか分からない。温暖化による地球環境の変化と相俟って食糧生産が大幅に滞り飢餓が広がるかもしれない。新型コロナよりもずっと強毒で、かつ急速に感染が広がる病原体が登場する可能性もある。

 いずれにしろ、人類は大きな危機に直面している。ただ、それが目の前にはっきりと現れていないだけに過ぎない。半世紀前は最大の危機は核戦争だった。東西冷戦の終結とグローバル経済の拡大により核戦争の脅威はいくらか和らいだ。だが、一方で、人類の社会経済活動の拡大による自滅の危機は格段に高まっている。それが解決不可能だとは言わない。だが、多くの文明が滅んだように、人類の英知で必ず解決可能だと楽観することはけっして出来ない。一人一人ができることは限られている。だが、年頭に当たって、人類は極めて困難な課題に直面していること、新型コロナが終息してもそのことに変わりはないことだけは肝に銘じておきたい。


(2021/1/1記)


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