☆ 携帯電話 ☆

井出薫

 新首相が確実視されている菅官房長官は、さっそく、持論である携帯電話料金値下げを表明した。だが、携帯電話料金の値下げ実現は容易ではない。2年前にも官房長官は「4割は値下げできる」と発言し、総務大臣に値下げを促すよう要請したが、思うように値下がりせず、4割発言で急落した携帯大手3社の株価もその後、元に戻っている−ここにきて、また急落しているが。

 確かに携帯電話の料金が高いという声は多い。携帯大手3社は、KDDIの営業利益が1兆円を超え、ソフトバンクも9千億円を超えている。ドコモは20年3月期は減益になったが、それでも営業利益は9千億円近く、NTTグループ全体では1.5兆円もの営業利益をあげている。そして、各社とも営業利益率は売り上げの2割前後で電力など他のインフラ事業者と比較するとかなり高い。これら大手3グループはトヨタと並ぶ日本最大級の巨大優良企業で、所得番付でも3グループともベストテンに並び、株式の時価総額でもベストテン内に入ることが多い。これらの数字を見れば、値下げの余地は十分にあると判断される。だが、民間企業である携帯電話会社が利益を圧縮しなくてはならないという理由はなく、値下げが実現されるかどうかは予断を許さない。

 16年前の電気通信事業法の改正で、携帯電話事業のサービス規制が撤廃され、現在は政府が各社の料金に直接介入することはできない。3社が闇カルテルで料金を高止まりさせているならば、公正取引委員会が摘発することができるが、そういう事実は今のところない。超法規的な権力による強制的な値下げは不可能ではないかもしれない。特にNTTは政府が最大の株主だから、株主としての権限を行使することはできる。また、携帯電話で使用する周波数割り当てで料金の値下げを要請することもできなくはない。しかし、特定の民間企業に対して、政府がサービスや料金に超法規的な形で介入することは自由主義経済の原則に反し憲法にも抵触することになる。また、政界と経済界の癒着を強めかねず、大局的に見れば国民のためにならない。だとすると、政策や制度を変えることで、値下げを促すしかない。

 大手3社の料金を認可制に戻すことは電気通信事業法を改正することで可能となる。しかし、それは自由化の流れに逆行し、機動的な新規サービス追加や料金変更が不可能となるから、利用者のためにならず、現実的ではない。

 競争促進、料金値下げの期待を背負っているのが第4の事業者、楽天モバイルだ。しかし、投資額の大きさを考えると、大手3社と比べて格安な料金でサービス提供ができるとは思えない。

 一時期、携帯電話の料金引き下げの切り札として期待されたのが、携帯大手3社から無線区間などアクセス回線を借りて格安の携帯電話サービスを展開するMVNOだった。総務省も支援し、多くの新規事業者が参入した。だが、知名度の低さ、営業拠点の不足、不十分な顧客サポート、回線混雑時のサービス品質の低下など欠点があり、顧客を思うように獲得できていない。むしろ、一昨年の官房長官の4割値下げ発言に呼応して大手3社が割安料金プランを投入したことで、MVNOの料金上のメリットが薄れ、ますます顧客獲得に苦労するようになっている。このうえ、さらに大手3社が値下げすると経営悪化で撤退するMVNOが出てくることは避けがたい。

 このような状況では、値下げはあまり期待できない。一昨年同様に割安プランを導入するくらいで終わる。そもそも、割安料金で携帯電話を利用できるMVNOに移行する利用者がさほど多くないことなどから、携帯電話の現行料金が果たして本当に高いと思われているのかに疑問がある。確かに電電公社と国際電電が通信事業を独占していた時代(電気通信事業法施行の85年以前)の日本の通信料金は世界で最も高い部類に入っていた。しかし、今では他国と比べてもさほど高いとは言えず、使い方によっては安い場合もある。それゆえ、値下げを求めるよりも、新規サービスや技術の開発、研究開発への積極的な投資を促し、中国や韓国、欧米諸国に比べて遅れが目立つ日本の通信ネットワークや通信技術の向上に貢献させる方が大局的に見て有意義だとも考えられる。また、税収増のために電波利用料の値上げを実施することも考えられる。いずれにしろ、新政権には、いま何が必要かをよく考えて、政策を立案、策定し実施してもらいたい。


(2020/9/5記)


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