☆ 法に基づく感染防止対策を ☆

井出薫

 風営法37条2項にこう書いてある。「警察職員は、この法律の施行に必要な限度において、次に掲げる場所に立ち入ることができる。(以下、省略)」これに基づき、新型コロナ感染防止対策の一環として、7月24日、警視庁の捜査官が都庁職員と共に、歌舞伎町にあるキャバクラやホストクラブなどに立ち入りを行った。しかし、これは法的には大きな問題がある。

 風営法及び関連する国家公安委員会規則などでは、事業者に対して新型コロナ感染防止対策は義務付けられていない。つまり、法的には、警察職員が新型コロナ対策の実施状況を調査することを目的に立ち入りを行うことは認められない。それゆえ、風営法36条に規定される従業員名簿が備えられているかどうかの調査を行うという名目で立入が行われた。そして、それに付随して、事業者の同意の下、都庁職員が新型コロナ対策の実施状況を調査し、対策の徹底を要請している。

 だが、それならば、都庁の職員だけで、(法的拘束力のない指導レベルの)任意の立ち入り検査を実施し、感染防止策の徹底を要請すれば十分だった。「警察官がなぜ来るのか」という不満の声が現場ではあったと報じられているが、無理もない。法的にはその通りで、今回の立ち入りは権力の濫用と言えなくもない。確かに、任意の立ち入り検査は法的根拠がなく、相手の同意が必要で、事業者側はこれを拒否することができる。そして、事実、拒否されることがあったので、警察の力を借りるしかなかったというのが実情なのかもしれない。しかし、だからと言って、法を逸脱する恐れがある行為を安易に見過ごすことは出来ない。

 一方で、キャバクラやホストクラブなどで感染が多発していることも事実で、行政とすれば、これらの店舗で感染対策を徹底させることは重要な任務であることは間違いない。だから、今回の措置も緊急避難的措置として容認されるという考えもありえる。また、一般市民は立ち入りを容認すると思われる。だが、それでも、法的な問題だけではなく、実効性においても課題がある。従業員名簿の確認までは法的根拠に基づき警察が行うことができる。しかし、感染対策の調査や対策の徹底の要請などは法的根拠がなく、あくまでも指導レベルに留まる。それゆえ、事業者側はそれを拒否することができる。ただ、警察官も同行している中で、拒否はしにくいという現実があるに過ぎない。だが、それは先に述べた通り、法の支配、権力の濫用の禁止という大原則を遵守するうえで、好ましいことではない。また、同時に、事業者側がその場しのぎで対策の実施を約束するだけで、実際は実効性がある対策を取らない恐れもある。そして、その場合、行政には、さらなる強い措置をとる法的根拠がない。つまり、警察の立ち入りも効果が無いということが十分にあり得る。

 要するに、感染対策の実施状況を立ち入り検査し、感染対策を取らない店に対して休業を命令し違反したら罰則を与えることができるように法律を整備するしかない。法律を作れば、それに基づき検査、要請、従わない場合の(違反時の罰則付きの)休業命令がだせる。私権制限に繋がるという批判が出るかもしれないが、感染対策に必要な範囲で行うという制約を設け、合理的な補償を行政に義務付けることで正当化される。政府には国会を開催して直ちに法令整備を行うことを求めたい。さもないと、法治国家に相応しい法的根拠があり、かつ実効性がある対策を取ることはできない。


(2020/7/26記)


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