☆ 劣化する日本の技術 ☆

井出薫

 10万円の一律給付でオンライン申請を取りやめる自治体が現れている。誤入力が多く確認作業で却って手間がかかるという。まったく情けない。住民基本台帳のシステムと連動させ、金融機関との連携をとれば、誤入力をなくし、さらには振り込みの自動化もできる。それが、いちいち人手で確認をしているのでは、誤入力が多く手間がかかるのは当たり前だ。行政手続きのオンライン化が叫ばれてからすでに20年が経つ。諸外国ではほとんどの手続きがオンライン化されているというのに、日本だけが相変わらず人手で処理している。

 国民全員にマイナンバーを付与したのだから、国民全員にマイナンバー口座を設けて、給付金などはすべてそこに振り込むようにすれば、一律給付など国会で可決成立して官報で公布した後、コマンド一つ打つだけで完了する。さらに、納税もマイナーバー口座から引き落とすようにすれば徴税コストを大幅に削減できる。そんなことをすると、民間金融機関の経営を圧迫するという意見がでてきそうだが、もっぱら行政関連の業務だけを対象とすることで民間への影響を避けることができる。さらに、マイナンバー口座はバーチャルなものとして、実際のお金の出し入れは、マイナンバーとリンクした(住民が指定した)市中銀行の口座にすれば民間への影響はないどころから、むしろ民間金融機関の業務効率化に繋がる。現状では、セキュリティや法制度的な問題があり、システムを作ればすぐにできるというものではない。だが、やる気になればできる。要はやる気がない、あるいは行政にIT推進でリーダーシップをとれる者がいないか、いてもその者に権限が与えられていない。だから、できない。

 行政のIT化だけではなく、IT全般で日本の技術力が劣化している。40年まえ、非音声系の通信の主流がG3ファクシミリだった時代、日本の通信技術は世界の最先端で日本企業がグローバル市場で巨大なシェアを誇っていた。だが、インターネットとモバイルの現代、日本は、米国、中国、韓国などに大きく水をあけられ、グローバル市場で日本企業は見る影もない。

 AIやバイオなど、これからの飛躍が期待される分野でも、日本は出遅れている。かつて日本が技術立国と言われた時代があった。事実、日本の科学と技術は高く評価されていた。いまでも海外ではそのイメージが少なからず残っている。だが、その実態はイメージからはほど遠い。その原因のすべてが政府の政策の誤りなどとは言わない。目先の利益に拘り長期的な研究開発への投資に消極的な企業や、筆者を含めチャレンジ精神に乏しい国民、日本の技術は中国や韓国よりも優れているという(かつては正しかったが今では幻想に過ぎない)思い込み、など多くの原因が民間にある。だが、科学研究費の申請のために膨大な資料作成が必要で、研究をする暇がないほど、その作業に忙殺されている研究者が多数いるという現実、つまり科学研究費の申請のための費用を科学研究費で賄っているという冗談にもならない状況を放置している政府の責任は重い。

 別に技術立国でなくとも、金融大国でも観光立国でもよいという考えもある。しかし、円は強いとはいえ、ドルほどの力があるわけではなく、少しばかり金融で儲けることはできても、それで国を維持することはできない。ソフトバンクグループの巨額の赤字がそれを証しているように思える。観光立国への道は新型コロナで大きく躓いた。そうでなくとも、観光には政治的なリスクが常に付きまとう。資源が乏しい日本とすれば、やはり技術立国を目指すことが一番確実だろう。そして、そのためには、政府がしっかりと科学研究、技術開発を支える必要がある。財政状況が悪い中、研究開発に使えるお金は限られている。しかし、日本の企業には莫大な内部留保がある。民間と協力することで実質的な研究開発費を増やし、それを効率よく使うことで、研究開発を拡充することができる。ただ問題は研究開発の拡充のリーダーシップをとることができる人材が政府内に存在するかということだ。行政のIT化などというたいして難しくない課題すらろくに解決できない現実を見るにつけ、それは疑わしいと思わざるを得ない。


(2020/5/30記)


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