井出薫
70%の確率で、30年以内にマグニチュード7を超える大地震が首都圏を襲うと予測されている。大震災が起きたとき、頼みの綱となるのが通信、特に携帯電話だ。安全に避難するためにも、被災者を救助するためにも携帯が欠かせない。だが、大震災が起きたとき、果たして携帯電話は繋がるのだろうか。 大震災時の通信には、二つの問題がある。多くの利用者が一斉に通信しようとして繋がりにくくなること(輻輳という)、携帯電話が通じなくなること、この二つだ。 輻輳に関しては、東日本大震災の頃までは、音声通話の輻輳がもっぱら問題で、メールなどのデータ通信は問題ないとされてきた。しかし、昨今、携帯電話の通信の主流が、音声通話からメールやツイッター、SNSなどデータ通信に移行したこと、東日本大震災時の携帯は音声通話を主として回線交換網で疎通させる第3世代だったが、今は、音声通話もデータ通信と同じパケット網で疎通させる第4世代に移行したこともあり、音声通話は輻輳するが、データ通信は輻輳しないとは言えなくなっている。近年では、熊本地震でも北海道地震でも、音声通話の輻輳は起きていない。動画の伝送などが増えてくるとむしろパケット交換において優先度の低いデータ通信が、優先度の高い音声通話よりも繋がりにくくなることも想定しうる。今でも、メディアでは、地震の際には音声通話ではなくデータ通信を使うように推奨しているところが多い。しかし、果たしてそれが正しいかどうかは疑問で、利用者はデータ通信が繋がりにくくなる、あるいは遅延などで円滑に通信できなくなる恐れがあることを知っておく必要がある。 音声にしろ、データにしろ、通信ネットワークそのものが稼働停止すれば携帯電話は全く使えなくなる。輻輳は一日もすれば収まるが、災害時の稼働停止は長引くことが多い。東日本大震災では東北地方特に被害が甚大だった太平洋側では、全体の半数の携帯電話基地局が稼働を停止し、携帯が通じなくなった。こうなってしまっては、音声もデータもなく、通じないものは通じない。基地局が稼働停止する原因には、停電、地震に起因した無線装置故障、基地局と通信局舎を繋ぐケーブルの損傷、通信局舎の被災などがあるが、最も多いのが停電で、東日本大震災でも、約8割が停電によるものだった。携帯基地局には通常停電しても3時間は自力給電できるバッテリーが設置されている。だから地震直後に停電しても他の停止要因がなければ3時間は携帯が通じる。しかし、その時間帯は最も輻輳している時間帯で、それが収まったときにはバッテリー切れで通じなくなるということも多い。東日本大震災以降、各事業者ともバッテリーの増強を進め、防災と救助の拠点となる役所などをカバーする基地局のバッテリーは24時間以上持つようにした。しかし、依然として多くの基地局は3時間を超えたころから段々と停止していく。基地局の停止を防ぐために、事業者は電源車を多数保有しているが、震災直後は余震が多く危険で、また道路の決壊などで現地に行けない場合も少なくない。それゆえ、停電に伴う基地局停止への迅速なる対応は容易ではない。政府は基地局のバッテリーの24時間化を推進しようとしているが、大手三社で全国30万を超える基地すべてを24時間化することは現実的には不可能だろう。電柱やビルの屋上に設置されている基地局ではバッテリーの増設スペースがない。さらに、来年から本格化する第5世代携帯電話では、第4世代よりも使用周波数が高く、より多くの基地局の設置が必要となる。そして、そのすべてで24時間持つバッテリーを設置することは現実的ではない。さらに、大震災では停電が数日以上継続することが多く24時間化すれば万全という訳ではない。また停電以外にも基地局停止の原因があることも忘れるわけにはいかない。 携帯は災害対策に有効なツールだが、万能ではなく、使えなくなることも少なくない。防災対策を立案し、避難訓練などを実施する際には携帯が使えない状況も想定する必要がある。 了
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