☆ 社会主義とは ☆

井出薫

 米国で若者を中心に社会主義(ソーシャリズム)が支持されている。資本主義、自由主義の国である米国で社会主義が支持されていると聞くと驚く者も少なくないだろう。しかし、社会主義という言葉は多義的で、そこのところを押さえておかないと議論は的外れなものとなる。

 筆者の世代、50年代生まれの者にとって、社会主義とは共産主義を意味する言葉というイメージが強い。マルクスは共産主義には二つの段階があり、能力に応じて働き能力に応じて取るという低い段階と、能力に応じて働き必要に応じて取る高い段階があると論じた。そして、レーニンは、低い段階を社会主義、高い段階を共産主義と呼んだ。つまり、マルクス・レーニン主義者にとって、社会主義とは共産主義の一段階と捉えられる。マルクス・レーニン主義が全盛だった時代に青春を過ごした筆者のような者にとっては、それゆえ、社会主義という言葉は必然的に共産主義を意味するものという先入観が強い。

 しかし、社会主義を全く違う観点からみることもできる。マルクス主義においては、体制選択を巡る闘争は、資本主義対共産主義=資本主義対社会主義という図式で解釈されるが、これはあくまでも経済的な領域での議論で、政治的な次元での議論には直接的には繋がらない。伝統的なマルクス主義では、政治は経済の上部構造であり、経済により決定されるものであるから、経済の次元と政治の次元を分ける意味は余りない。それゆえ、資本主義対社会主義だけでよいことになる。だが、経済と政治は関連しているが、互いに自律した存在であると考える立場もあり、そうなると、資本主義対社会主義という図式では問題は解決できず、経済と政治を分けて議論する必要が出てくる。その場合、資本主義対共産主義、自由主義対社会主義という二元図式が必要になる。政治における自由主義は個人の自由の権利を重視する。他人の権利を侵害しない限り、各人の自由は最大限尊重されるべきだと自由主義者は主張する。一方で、社会主義者は社会全体の利益を個人の自由よりも優先すべきものと考える。それゆえ、社会主義には(社会全体の利益とは何かという点を巡り)広いスペクトルがある。ナチズムやファシズムが国家社会主義と呼ばれることがあるのはそのためだといってよい。一方で、社会の福祉を優先するが、個人の自由の権利も最大限尊重されるべきだと考える立場があり、しばしば社会民主主義と呼ばれる。高福祉高負担で有名なスウェーデンなど北欧諸国は社会民主主義の国と称される。

 政治と経済を分けて考えるべきか、同一の次元にあるものと考えるべきか。分けて考えるのが妥当だろう。20世紀の共産主義運動が失敗に終わった最大の原因の一つが、政治と経済の一元化だった。政治と経済を同一視することで、個人の自由の権利、それを擁護するための政治システムである間接民主主義が蔑ろにされ、労働者など人民大衆は、共産党の指導の下で、共産主義建設に専心することが義務とされ、共産党の指導やマルクス主義に疑念を抱く者は抑圧された。人々は大人しく共産党の指導に従うしかなく、経済は活性化されず、多様な言論や表現が花開くこともなく、やがて、ソ連東欧共産圏は崩壊し、中国は市場経済を導入し資本家的存在を容認することで初めて経済発展を遂げた。こういうことを考えれば、政治と経済は分けることが妥当で、自由主義的な共産主義、社会主義的な資本主義というものも可能となる。

 米国の若者たちに支持されている社会主義とは、社会主義的な資本主義だといってよい。これは、経済的なシステムは維持したまま、政治的な次元において、社会全体の公平性を確保するために、個人の自由の権利を一定程度制約するという立場を意味する。つまり、貧しい者や差別されてきた者たちを助けるために、資産家、大企業などに高い税金等様々な義務を課し、また財産権などを制約し富の再分配を図る。これは私的所有を制約するものであり、典型的な自由主義から逸脱しており、社会主義的政策と捉えることができる。だから、社会主義的な資本主義と呼んでよい。北欧諸国などの社会民主主義と呼ばれる国々でも、その経済システムが資本主義であることに変わりはない。北欧諸国では、高い税金や国有企業の多さなどはあるが、その経済を支えるのは私企業の自由な活動と一般市民の自由な消費活動であり、紛れもなく、経済体制は共産主義ではなく資本主義と解釈される。

 グローバルな自由主義的市場経済の下、経済発展と科学技術の進歩の恩恵が一部の者にしかいきわたらず、格差が拡大している現在、米国の若者たちがこの意味での社会主義を支持するのは別に驚くべきことではない。ただし、そこに問題がないわけではない。政治と経済は分けて考えることができるとしたが、両者は密接に関連している。それゆえ社会主義が機能し、かつ、人々の自由を抑圧しない政治体制を実現するためには、資本主義という経済システムも抜本的な改革が必要だと思われる。社会主義的な資本主義は可能だとしても、経済システムの抜本的な改革は不可避であり、それに成功しない限り、社会主義は一時のブームに終わると思われる。


(2019/11/24記)


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