☆ 携帯の未来は明るいか? ☆

井出薫

 基地局の建設が予定通りに進んでいないため、楽天の携帯電話事業の本格的な参入が遅れている。

 携帯電話用基地局はどこでも自由に作れるわけではない。見通しがよく電波が届きやすい場所、かつ地震や暴風雨、洪水など自然災害で被害が起きにくい場所を選定する必要がある。見通しがよく、地盤が硬く、河川や湖沼が近くにない、過去に大きな自然災害がない、そういう場所が求められる。だが、そういう場所は、往々にして基地局設置のための鉄塔などを建てると景観を損ねるなどの理由で建設できないことがある。地元住民の反対が強く建設を断念することもある。既存の三事業者は、ドコモは70年代末の電電公社の時代から、auのKDDIは80年代末(当時は、IDOとDDIセルラー各社)から、そしてソフトバンクは90年代前半(当時はデジタルフォン各社)から基地局設置の場所を選定し、地権者と交渉をして基地局建設を進めてきた。つまり、今の携帯電話会社の全国ネットワークは、30年という長い月日をかけて構築してきたものだ。すでに全国で三社合わせると30万を超える基地局がある。立地条件のよい場所は三社で占有されているとみてもよいだろう。

 それゆえ、新規参入の楽天がおいそれと事業が始められるはずがない。基地局建設の課題はいずれ解決するだろう。だが、サービス開始が大幅に遅れると、競合他社では第五世代携帯サービスが開始されるため、サービス面で大きく引けを取ることになる恐れもある。楽天も、楽天の参入で料金値下げを期待した総務省もいささか見通しが甘かったと言わざるを得ない。

 その第五世代携帯だが、こちらも課題が多い。最高10Gbpsの伝送速度が得られ超高精細の動画が送れる、遅延がないなど良いことづくめのように宣伝されているが、簡単には実現できない。いま、第5世代と言っているのは、第4世代を少しだけ改良したレベルのもの、実験段階のものでしかない。本格的な第5世代はまだまだ先なのだ。第5世代では使用周波数が、第四世代までの、800、900M、1.5、1.7、2Gなどだけではなく、20G帯までの広い範囲の周波数の電波を利用する必要がある。20Gのような高周波帯は直進性が高く回り込みが少ない。また、降雨減衰が大きく、雨が降るとすぐに電波が弱くなってしまう。そのために今までよりもずっと多くの基地局を設置する必要がある。果たしてそれだけの場所が確保できるのだろうか。また、10Gはよいのだが、多数の利用者が同時に10Gを使ったら、無線区間も、基地局と通信局を繋ぐ回線も、局間の中継回線もあっという間に満杯になる。それを回避するには膨大な数の光ファイバーを敷設し、ルーターなど局内設備の容量を超大容量化する必要が生じる。30年間の携帯とインターネットの目覚ましい発展で、容量はいくらでも増やせると思い込んでいる御仁も少なくないが、そう簡単にはいかない。ものには何事も限度がある。さらに、20Gなどの高周波数帯の電波が人体に影響がないのか研究が余り進んでいない。20Gくらいでは、遺伝子を破壊することはなく、体内の水分に吸収されてほんの僅かばかり体が温まる程度(本人は気づかない程度)で、理論的には大きな影響はないと推測される。しかし、常時20Gの高周波を浴びても問題がないとは言い切れないように思えない。

 これまで、PDC方式の第二世代が普及すると第一世代は休止し、CDMAの第三世代が普及するとPDCは休止し、今はLTEの第四世代が普及してCDMAはあと2、3年でサービスが終わることになっている。つまり新世代が旧世代を駆逐してきたのだが、ここで述べたような事情もあり、第五世代もそうなるかどうかは分からない。むしろ、第四世代と第五世代、そして無線LANが共存する時代が長く(あるいは永遠に)続くのではないかと予想される。

 楽天の参入、第五世代の導入は、確かに、料金面を含めてサービス面の改善をもたらす可能性はある。だが、いずれにしろ、そう簡単ではなく克服すべき課題も多く、その中には克服することができないものもあるかもしれない。市場競争は万能ではない。技術は永遠に進歩するという考えは幻想に過ぎない。筆者が子どもの頃には、21世紀になれば電力は核融合発電で作られるようになると言われていた。だが、世界各国で研究開発が進められたにもかかわらず成功していない。成功する見通しも立っておらず、不可能だという研究者もいる。携帯やインターネットの技術も永遠に進歩し続ける訳ではない。どこかで限界が来る。逆に、LTEでも、まだできることがたくさんある。ただ新技術開発を競うのではなく、既存の技術をいかにうまく利用するかを考えることが大切だ。そうすれば、携帯の未来に大いなる希望を抱くことができよう。ただ、過大な期待は幻滅に繋がる。


(2019/9/22記)


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