☆ 速さを競わない ☆

井出薫

 京急が踏切の衝突事故で、一部区間が二日以上運休になった。原因はトラック側にあるが、視界のよい昼間、大型トラックが踏切内で立ち往生している状態で、衝突を避けることができなかった京急側にも落ち度がある。

 京急の品川から横浜までの区間は、JR東日本とほぼ同じ場所を走っている。品川から川崎又は横浜、川崎から横浜に行くとき京急を使うかJRを使うか迷う。だが、その先JRに乗り換える必要が無ければ、筆者を含め、たいていの者は京急を使うのではないかと思う。理由はその方がたいていの場合早くつくからだ。京急の快特はとにかく速い。JRの京浜東北線より早いのは言うまでもなく、東海道本線ともほぼ同じ時間で横浜に到着する。

 だが、その分、無理をしている。東海道本線は品川駅から横浜駅までの間に川崎駅しかない。一方、京急は品川駅から横浜駅までの間に駅が23もある。それで同じ時間で到着できるのはなぜか。時速120キロで疾走し、通過駅に近づいても減速しないからだ。多くの駅のすぐそばには踏切がある。つまり、快特は踏切も120キロという速度で突き抜けていく。初めて通過駅で快特が通過していく姿を見たとき、その余りの速さに驚くと同時に怖さを感じた。普通(各駅停車)しか止まらない駅は、JRと比べてホームが狭く、ホームドアもない。普通列車を追い越すために複線化されている駅はホームを快特が通過することがないからよいが、そうでない駅は本当に狭く普段でも怖い。一杯飲んで足元がふらつているときに快特が通過したらと想像すると、背筋が凍る。

 京急のファンは多い。ファンはこの速さと事故時の復旧の速さを称賛する。今回の事故では2日間、復旧に時間を要したが、JRや他の私鉄ではもっと時間を要していたとも言われる。だが、それが本当だとしても、たくさんの踏切を120キロもの速さで通過するのであれば、今回のような事故が起きるのは避けえなかった。衝突を避けるには600メート前でブレーキを入れる必要があったと言われている。しかし、熟練の運転手でも、120キロの速度で疾走していれば、昼間でもその判断をすることは難しく、いわんや、夜間だったら絶対に無理だろう。

 全線を高架化するには沿線の建築物を移動し、道路の整備が必要で、莫大な資金を要し、行政や住民全員の合意が必要で、現実的には不可能だ。今回の事故は乗客には大きな怪我はなかったが、非があるとは言え67まで真面目に働いてきたトラックの運転手が犠牲になった。また、同じような事故が起きた時、次も乗客に死者が出ないという保証はない。京急沿線には人が多く、学校などの公共施設も多い。JRと速さを競わなくても、乗客を減らさないように工夫することは十分に可能だと思われる。今回の事故を教訓に対策が取られるとは思うが、速さでJRと競っている限りは同じ事故が、それもより大きな人的・物的被害を生じる事故が起きる可能性は低くない。特に来年は五輪で海外から多くの人がやってくる。それにより乗客の数も増え事故の危険性も増す。速さは京急の誇りかもしれないが、それでも長い目で見れば、そこから脱却することが求められる。


(2019/9/8記)


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