☆ 野党の説明責任 ☆

井出薫

 参院選をまえに、野党はこぞって10月の消費税増税実施に反対している。しかし、消費税導入以来、一貫して、消費税増税に反対し、消費税そのものの廃止を主張してきた共産党を除くと、ほかの野党の主張は票目当ての無責任なものと言わなくてはならない。

 野田政権の末期、野田前首相は消費税増税を決断した。現在の野党の幹部には当時大臣だった者、民主党の幹部だった者が多数いる。では、なぜ、当時は増税に賛成し、今は反対するのか、その理由を説明するか、消費税増税が誤りであったことを認めるべきだ。だが、どちらもない。要するに、今の野党は自民党の政策を批判するだけの反対野党に陥っている。

 保守と革新が激しく対立していた時代(戦後から90年代初頭まで)の社会党も同じだった。政権を批判することが野党の最大の責務だという者もいるだろう。だが、保守対革新の時代と今では国内外の政治状況が全く異なる。当時の社会党は共産主義を目指す左派と市場経済の構造改革を目指す右派からなり、必ずしも社会主義・共産主義一色だったわけではない。だが、基本的に、社会党は、共産党とは一線を画しながらも、社会主義・共産主義を志向する政党だった。その点で、自由主義・資本主義を堅持する自民党とは決定的に対立していた。外交においても、米国を核とする西側陣営の一翼を担うことを党是とする自民党と、西側とソ連(当時)を核とする東側陣営の間で中立的な立場を取ることを主張する社会党とでは、政策が180度異なっていた。つまり、当時の保守と革新の対立とは、自由主義・資本主義・西側陣営か、社会主義・共産主義・中立かという政治体制そのものに関する根源的な対立に基づくものだった。だから、社会党は反対政党でよかった。自民党の遣ることに悉く反対し、自民党政権を倒し政権を奪取し、全く新しい社会体制(社会主義・共産主義)を構築し、外交は日米安保を廃棄して中立乃至は東側寄りの外交へと転回する。これが社会党の目指すべき社会であり、筆者を含めて、それを支持する者も少なくなかった。このような根源的な体制変革を目指すのであれば、税制などは小さな問題でしかない。資本主義と共産主義では社会の土台が全く異なり、共産主義的な経済体制が実現すれば、税金の在り方などは全面的に見直さなくてはならない。共産主義の原則からすれば私有財産は否定されるから、税金という制度はいずれ不要になる。だから、保守対革新の時代は、野党は反対政党でよく、反対し批判することが野党の責務だということができた。

 しかし、保守対革新という時代は過ぎた。20世紀の共産主義は失敗し、人々は共産主義など革新的な思想や体制に幻滅した。また、それは単にソ連共産党の偶然的な失政によるものではなく、革新の理論や実践に、根源的、原理的な欠陥があったことによる。それゆえ、私たちは、当面は自由主義・資本主義の下で暮らしていくしかない。国際政治は、80年代末から90年代初頭のソ連東欧の共産党政権崩壊により一変した。それに伴い、日本を取り巻く世界情勢も大きく変化し、西か東かというような単純な二者択一は成立しなくなった。

 こういう状況の下、野党の責務も、野党に期待されることも大きく変わった。体制選択などという大きな旗を掲げることではなく、経済政策、外国人労働者を含めた労働政策、税制、福祉や社会保障、教育など具体的な課題を解決するために具体的な提言をすることが野党には求められるようになった。消費税増税でも、反対するならば、その理由を明確にするとともに、消費税増税に代わる説得力ある財政健全化策を提示するべきだろう。また、かつての民主党政権が失敗に終わった理由を明らかにし、その反省の下に生まれ変わった姿を国民に示す必要がある。

 98年の民主党結成時には、こうした社会情勢の変化が強烈に意識され、反対野党から政権を担いうる責任政党への脱皮が宣言された。そして、それはある程度は成功し、09年の民主党政権誕生へと繋がった。ところが、かつての自民党の派閥抗争顔負けの小沢・反小沢の党内抗争に明け暮れ、民主党政権は国民の期待に応えられず、わずか3年で幕を閉じることになった。東日本大震災と福島原発事故という不運があったとはいえ、民主党政権の政権運営はお粗末だったと言わなくてはならない。そして、その後の民主党は、離合集散を繰り返し、政権の座が遠のいたことも手伝い、単なる反対野党へと転落した。

 健全な野党が存在し、政権交代がありえる環境が整ってこそ、民主制は機能する。だが、今の日本は到底そういう環境にはない。そして、その最大の原因は野党の力量不足にある。立憲民主党など野党各党は、安倍政権と自民党を非難するだけではなく、しっかりとした現状分析を行い、説得力のある政策を立案提言することが求められている。まずは、政権与党だけではなく、野党にも説明責任があることを自覚してもらいたい。


(R1/6/22記)


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