井出薫
AIが仕事を奪うとか、AIが人間を征服するなどと危惧する者がいる。だが、いずれも脅威ではない。 AIに限らず、新しい技術は常に人から仕事を奪ってきた。AIが知的だからと言って、変わりはない。AIがある職業を不要にしたら、誰かが仕事を失うなどと考えず、仕事をしなくてもよくなると前向きに考えれば、何も恐れることはない。AIで代替できない仕事をする人の仕事量を半分に減らし、仕事をする必要がなくなった人が残りの半分をやればよい。そうすれば、互いに働く時間を半分に減らすことになる。ケインズは、前世紀の30年、100年後は資本の蓄積と技術の進歩で、精々、週15時間も働けば十分になると予言した。30年には到達していないが、AIはケインズの予言を的中させることに繋がる。素晴らしいことではないか。週40時間働くのが当たり前という先入観と、金儲けに躍起になる者が多いから、ネガティブな評価になるのであって、先入観と金銭欲を捨てれば、AIが人間にとって代わることはよいことであることが分かる。 AIが自らの意志で人間を征服するなどということはありえない。人間は生命体として、様々な欲求を持つ。さらに社会的で、かつ高度な知能を持つがゆえに、欲求が野心へと変容し、他人を征服するなどという邪念が生じる。しかし、AIは生命体ではなく、他人を征服するなどという邪念を持つ土台がない。人間を征服しても何の意味もない。AIが人間を愚かな存在であると判断する可能性はある。だが、愚かだからと言って滅ぼしたり、支配したりする必然性はない。そのようなことを考えるのは人間が邪念を持つからに過ぎない。人間が平和と生命を尊ぶ限り、AIが人間を攻撃することはない。 だが、AIには何の不安もないという訳ではない。怖いのは事故だ。AIが自ら人間を征服しようなどと考えることはない。だが、人間がプログラミングをミスし、ある条件が成立すると、AIとAIが制御するロボットたちが、意図することなく、結果的に人間を攻撃し、人間がそれにより滅ぶという可能性はある。つまりAIの事故による人類滅亡というシナリオはありえる。 NTTなど電気通信事業者は法令により一定規模以上の事故を起こしたときには、重大な事故として総務大臣に報告する義務が課せられている。毎年、総務省が重大な事故の報告件数を公表しているが、それによると、平成20年度と21年度は年間18件の報告があったが、29年度は4件と減少している。これは技術進歩の成果だと言ってよい。だが、その一方で、昨年末のS社の携帯電話事故は過去に例をみない大規模なもので、社会的な影響も極めて大きかった。それ以外にも、一昨年インターネットに大きな事故があり、社会が大混乱したことが記憶に新しい。AIでも事故は起きる。現代のAIはすべてネットで繋がっている。だから、AIの事故は世界中に大きな影響を及ぼす可能性がある。そして、技術進歩は、事故の発生確率を減じる一方で、事故の規模を巨大化する。AIの脅威とは、人の仕事を奪うとか、人間を征服するとかいうことにあるのではない。AIを生み出した人間が余り賢くないことに、その最大の脅威がある。 了
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