☆ どうすれば福祉を充実できるか ☆

井出薫

 少子高齢化が急速に進む日本では、福祉の充実が欠かせない。高齢者は言うまでもなく、勤労世代でも将来への不安は大きい。マクロ経済政策で景気浮揚を図っても限界がある。世界経済の活況を背景に、大規模な金融緩和で企業業績は改善したが、消費の伸びは芳しくない。だが、それも現状では当然のことと言えよう。

 正規雇用の労働者でも、50を過ぎると、役員まで昇進した者などを例外として、たとえ企業業績が改善しても賃金はほとんど上がらない。寧ろ役職定年(部長、課長などのラインから外れること)などで下がる者が多い。一方で定年が間近に迫り、大幅に収入が減る日の到来がはっきりと意識される。親や配偶者の介護などで現役時代よりも負担が増えることも予想される。そうなると、消費を控えて貯蓄や資産運用に動くことになる。さらに、年金の問題が広く社会に知られることで、50以上の年齢層だけではなく、その下の年齢層でも将来への備えを優先して消費に回さない者が少なくない。子育て世代では教育費を含む生活費と子どもの将来のための出資で、その他の消費には収入を多くは回せない。女性の社会進出が進み、今後は単身者を除き世帯収入は増えることが期待されるが、その分家事労働を外注しなくてはならない機会が増えるため、消費の活性化に繋がるとは限らない。

 この状況を打破するには、福祉の充実と教育の無償化が欠かせない。それにより将来への不安が解消されれば、消費が上向くことが期待できる。しかし、そのための原資を見い出すことが容易ではない。共産党などが主張する高額所得者の所得税増税と大企業の法人税増税は有力な手段だが、資本の移動が自由なグローバル市場経済では資本の流出による景気後退が懸念される。そうなれば税率を上げても税収は増えず寧ろ減る可能性がある。消費税増税も、低所得者の生活を圧迫し景気を後退させる可能性があり簡単にはできない。

 この状況を打破するには二つの方策が考えられる。一つは、福祉の充実、高等教育を含む教育の全面無償化を目的として、国が自ら通貨を作ること(政府紙幣の発行)、もう一つは地域のコミュニティを復活させること、この二つだ。国が通貨を作れば財政赤字は生じない。自分の懐からお金を出していることになるから債務の増大は無い。コミュニティの復活も有益で、それは年金制度がない時代、家族を中心に地域社会が高齢者の世話をしていたことから察しが付くだろう。

 だが、いずれも課題がある。政府が通貨を作ることでマネーストックが増大するが、作りすぎると通貨(円)が信用を失いハイパーインフレを引き起こす。グローバル経済のもと、日本の経済と世界経済を分離することは不可能で、政府紙幣の発行量の調整は容易ではない。コミュニティは法律・条例、行政の命令や指導などで発生したものではなく、自然発生的に生み出されてきた。それゆえ、国や地方の政策でそれが実現可能とは思えない。

 結局、これといった解決策はない。だが最後の二つはいずれも試みる価値がある。政府紙幣発行に問題があるのであれば、財政法を改正し現状では禁じられている日銀からの借り入れを可能にする手法もある(それはそれで問題があるであろうが)。またコミュニティは自然発生的なものであるとしても、政府や地方の施策でコミュニティ形成を促すことは不可能ではない。ただしそれには時間を要する。それゆえ、10年とか15年という年限を付けて毎年政府紙幣を発行し福祉や教育を充実させ、その間にコミュニティの復活を実現させるという手法が考えられる。もちろん、それは絵空事だという批判もあろう。だが、これまでの政策を継続するだけでは解決の道は見えてこないと思われる。


(H30/2/4記)


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