☆ 規制の在り方〜資格者制度に関する考察 ☆

井出薫

 日産とスバルで、無資格者に新車検査をさせていたことが判明し、大きな社会的問題となっている。法令順守は企業の社会的責任の最も重要な要件であり、許されない。

 しかし、その一方で、検査が有資格者でないとできないという規制の妥当性にも疑問がある。技術進歩で様々な検査や試験は、容易かつ正確になっており、自動車の構造や機能に一定の知識と検査作業の経験を有する者であれば、有資格者でなくとも十分な検査が可能だと思われる。関係者が無資格者に検査をさせていたのも、有資格者でも無資格者でも、検査の結果は変わらないという事実があったと推測される。実際、無資格者に検査させていたことで、会社の社会的信用は下落したが、不具合や品質低下が起きていたわけではない。もし不具合や品質低下が起きていたとしても、有資格者が検査をしていても結果は同じだっただろう。

 電気通信事業では、事業用電気通信設備の工事、点検・検査・試験、運用保全作業は、電気通信主任技術者の監督の下に行うことが義務付けられている。電気通信主任技術者は国家試験に合格した電気通信主任技術者有資格者から選任される。しかし、急速な技術進歩を遂げ、主役が電話からインターネットへ変貌した電気通信業界では、電気通信主任技術者の存在意義は乏しい。年齢の高い電気通信主任技術者有資格者の多くは、電話時代の技術で育った者で、インターネットの知識は乏しい。「IPアドレスって、何だっけ」などと口走る有資格者もいる。ところが、そういう者しか電気通信主任技術者有資格者がおらず、その者が電気通信主任技術者として選任されるなどということがある。当然のことながら、その者による監督が形骸化していることは言うまでもない。そして、重要な作業は、資格は有していないが最新の知識に明るい中堅若手技術者がすべて仕切っている。これはまったくの稀な出来事という訳ではない。しばしば見受けられることなのだ。優秀な中堅若手技術者が電気通信主任技術者試験を受験し資格を取得すればよいではないかと思われるかもしれない。しかし、資格試験の問題は、大学の単位認定試験と同種のもので、現場の一線で活躍する技術者にとって日ごろ必要とされる知識や技能とは乖離がある。そのため、優秀な技術者であっても受かるのは容易ではない。そのため、受験費用が高いこともあり受験を敬遠する者が多い。つまり、電気通信事業を円滑に運営するために必要な技術者と、電気通信主任技術者制度との間に齟齬が生じており、資格制度が機能していない。ところが、それでも電気通信事業は技術面ではおおむね適切に運営されており、利用者からも技術面での苦情や不満は少ない。電気通信役務の利用者の苦情や不満は少なくないが、料金や契約に関することが大半を占めている。そうなると、そもそも資格制度の必要性が疑問だと言わざるをえない。資格者がいようがいまいが品質は変わらないのが現実だ。

 品質向上を図り、利用者の利便性を最大化するために、行政としては、事故等が発生しないように、何らかの担保を事業者に義務付けることは当然のことだろう。そして、その担保が資格者制度だった。行政が直接検査や試験をすることは現実的には不可能だから、その代りに行政が実施する試験を受かった資格者が検査や試験、その監督をするという制度を以てそれに代えてきた。ところが、電気通信業界では資格者制度は形骸化しており、おそらく自動車業界でも同じだと推測される。そして、形骸化した資格制度は不法行為を蔓延させることになる。資格者を必要なすべての事業場に配置することは要員確保の観点からしても、費用面からしても無理が多い。無理を通そうとすると高くつき、経営に悪影響を与えるか、利用者に高い料金を支払わせることになる。その一方で資格者を配置しても品質は良くならないし、資格者がいなくても品質は悪くならない。このような状況では、事業者には、ばれない限り資格制度を無視しようという強いインセンティブが働く。資格制度はその出発点は善意から発したものだとしても、往々にして、このような悪や非効率を生み出す。

 医師や看護師、弁護士など高度な知識と技能、経験を要する職種で資格が必要なことは言うまでもない。だが、ほとんどの者が高等学校以上の教養を有し、技術進歩で検査や試験が容易になっている現代、資格制度は多くの分野で時代遅れになっている。特に進歩が急速な分野では資格者の知識や技能が陳腐化していることが少なくない。では、何で安全を担保するのか、この問いに答えることは難しい。安全基準など法的拘束力を直接持たないガイドラインを作り、緩やかな規制を行い、並行して利用者からの苦情などに基づき適宜事業者に行政指導をするという方法がある。だが、技術進歩が急速な時代にはガイドラインを作ってもすぐに陳腐化する。難しい問題だ。

 いずれにしろ、多くの分野で、資格制度は形骸化している。サービスや技術が多様化し、作業の自動化が進む現代、人の知識や技能で安全を確保することは難しい。資格制度に代わる品質確保のための新しい枠組みを作る必要がある。


(H29/10/29記)


[ Back ]



Copyright(c) 2003 IDEA-MOO All Rights Reserved.