☆ 真の積極的平和主義を ☆

井出薫

 当時を知る人が減り、広島原爆の日の記憶は薄れつつある。しかし、平和の大切さは今でも少しも変わらない。

 安倍首相は積極的平和主義を唱える。平和を祈るだけではなく、平和な世界を作るためには積極的に行動することが必要だというのが首相の考えだ。確かに平和の祈りだけでは平和は実現しない。

 しかし首相の積極的平和主義には疑問がある。首相の行動は、日米安保を土台とするパワーバランスの政治思想に基づいている。力の均衡による平和、それ以外に平和を実現する現実的な方法はないと首相は考えているように思える。

 集団的自衛権の容認は、米国だけに日本の防衛義務を課す日米安保は不公平だという米国内の世論に配慮したものだった。集団的自衛権とは、本来、独力では大国に対抗できない小国が力を合せて大国に抵抗することに意義がある。独力で世界の如何なる国をも圧倒できる米国に集団的自衛権による支援など必要ない。つまり集団的自衛権は、自衛隊が米国を支援できる仕組みを作るための方便に過ぎなかった。そこには、もし米国から日米安保を解消されたら日本の平和は維持できないという思いがある。ロシア、中国などの大国に対して日本の平和が守られているのは、米国という後ろ盾があり、パワーバランスで優位に立っているからで、それを失えば日本の平和は維持されないという訳だ。

 制裁一辺倒の北朝鮮政策、尖閣諸島の領有権に関する対話の拒否なども、すべて米国という後ろ盾があるからできる。米国が背後にいる限り、パワーバランスの関係で、北朝鮮はもちろん、ロシアも中国も日本に手が出せない。そう考えている。もちろん、これは安倍首相独自の思想ではなく、自民党内の多数意見でもある。また国民の中にも同じように考えている者は多い。

 だが、この思想には、言うまでもなく大きなリスクが伴う。米国側から日米安保を解消された時に打つ手がない。日米安保条約は1年前に通告することで、どちらの側からも、いつでも一方的に解消することができる。しかし、1年間で米国の軍事力が抜けた穴を埋めることなどできるはずがない。安倍首相が盛んにプーチン大統領に接近しようとするのも、日米安保が解消された時に頼るのはロシアしかないという思いがあるからではないだろうか。

 筆者は、日米安保が日本の安全保障に貢献していることを否定はしない。日米安保を解消し、自衛隊を解散し、憲法9条に完璧に合致した非武装中立の国になれば、中国やロシアを含め世界中が、日本の平和主義を尊敬し、軍事的な圧力を加えようと試みることなどない、と楽観するつもりはない。だが、どのような手立てを取ろうと、日米安保を恒久化することはできない。当面は日米安保を維持し、その威力に頼るにしても、いずれは、そこから脱却する必要が生じる。そして、その方法は、ロシアなど特定の国に頼るのでもなければ、自衛隊の増強でもない。国連の場を中心にした、多面的な積極外交だけが道を開く。そのためにはたとえ米国との関係がギクシャクしても、核兵器禁止条約などには積極的に参加しイニシアティブをとることが強く望まれる。また、民主、人権、平和という基本的理念を共有している欧州各国との連携をもっと深めることが重要になる。そのためには欧州各国から批判の的になっている死刑制度の廃止にも真摯に取り組まなくてはならない。さらに男女格差の解消にももっと努力する必要がある。欧州は地理的に遠く安全保障上の直接的な効果は薄い。しかし現代日本の制度や技術、文化の多くが欧州各国から学んだものであること、そして日本だけではなく世界の多くの国や地域の人々が、西洋が生み出した民主、人権などの思想やそれを支える諸制度、科学技術などが優れたものであることを認めていることを考えた時に、欧州各国との連携強化は日本にとって極めて大きな力になる。もちろん、近隣諸国、途上国との関係強化にも努めなくてはならない。

 このように、多面的な外交を展開することで、安全保障を図り、同時に世界平和に貢献する、これが真の意味での積極的平和主義だ。もちろん、これが容易にできることではないことは分かっている。だが、今の安倍首相の政治では、長期に亘り日本の安全保障を確保し、かつ世界平和に貢献することはできない。そのことを私たちは忘れないようにしたい。


(H29/8/6記)


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