☆ 北朝鮮政策の転換を ☆

井出薫

 北朝鮮の核兵器開発は留まるところを知らない。日本は第一次安倍政権以来一貫して制裁によりこれを留めようとしてきた。しかし効果がない。そして、これからも効果は期待できない。この現実に鑑み、長年の課題である拉致問題の解決のためにも政策転換が求められる。

 日本の報道を見ていると、北朝鮮は世界中から非難され孤立しているように思える。しかし調べればすぐに分かる通りそうではない。国連加盟の192か国のうち、166か国が北朝鮮と国交を有している。ヨーロッパでもフランスとエストニアを除くとすべての国が北朝鮮と国交を持っている。そして制約があるとはいえ交易が行われ人的交流もある。日本や米国がいくら経済制裁をしても効果は薄い。

 確かに、北朝鮮の核兵器開発は多くの国から批判されている。しかし、日本人がイランの核兵器開発疑惑やイスラエルの核保有(イスラエル自身が保有を認めている訳ではない)にほとんど関心がないように、世界のほとんどの国にとって北朝鮮の核兵器は遠い世界の話しにすぎない。北朝鮮の核兵器が脅威を与えているのは韓国、米国、日本に限られているから、それも頷ける。さらに、米国やロシアなどの超大国が膨大な核兵器を保有しているのに、なぜ北朝鮮やイランには保有が認められないのかという原理的な問題もある。

 日本は米国とともに中国が北朝鮮に強い圧力を加えることを期待している。しかし、中国は北朝鮮を追い詰めることはしない。北朝鮮が崩壊し米軍が駐留する韓国が朝鮮半島全体を支配すれば中国にとって大きな脅威になる。北朝鮮に核兵器開発を全面放棄させるほどの圧力を中国に掛けさせたいのであれば、韓国からの米軍撤退などの交換条件が必要となる。しかし、それは米国や日本が望まない。また、中国が全面的に北朝鮮との交易を禁止したとき本当に北朝鮮は核兵器を放棄するだろうか。太平洋戦争の前、米国は日本の対中政策を非難し石油と鉄鋼の輸出禁止を行なった。それにより日本は譲歩すると米国は踏んでいた。まさか米国に本気で戦争を仕掛けてくるとは考えていなかった。だが日本は戦争に踏み切った。冷静に考えれば負けることが分かり切っていた戦争に打って出た。北朝鮮も同じ道を歩む危険性はないだろうか。そうなれば北朝鮮の敗北は必至だが、韓国や日本に大きな被害が出る可能性が高い。

 要するに、制裁により北朝鮮の核兵器開発を放棄させることは極めて困難と言わなくてはならない。また、制裁をエスカレートさせることは極めて大きなリスクを伴う。それゆえ、現状の固定を望まない限り、政策を転換するしかない。

 文韓国新大統領は日本の保守強硬派からは評判が良くない。しかし、その対話路線は決して間違っていない。北朝鮮を追い詰めて、もし北朝鮮が暴走したら韓国が最大の被害を蒙る。そもそも韓国と北朝鮮は同じ民族であり、対話を通じた融和を求めるのは当然のことであり、日本はそれを邪魔するようなことをするべきではない。むしろ、対話路線をとる文大統領の登場を絶好の機会と捉え、北朝鮮政策を制裁から対話へと転換する道を探ることが望まれる。

 過去を振り返るとき、小泉元首相が訪朝し、北朝鮮が拉致を認め、拉致被害者の一部が帰国したときに国交を結ぶべきだったと悔やまれる。当時北朝鮮もそれを望んでいた。もし、いま国交があれば日本は北朝鮮、韓国、米国、中国の仲介役として行動し成果を上げることができた。そして、その過程で拉致問題の解決の道も見えていただろう。しかし第一次安倍政権以来、日本は強硬路線をとり続け、機会を失った。だが今からでも遅くない。政策を転換し、対話を通じて核兵器開発、拉致問題の解決を図ることは不可能ではない。そして、強硬路線を主張してきた安倍首相だからこそ、それができる。たとえば鳩山由紀夫元首相のようなリベラル派の首相が対話路線を提唱しても、国内の保守強硬派やそれに近い言論が非難の大合唱を始め、それに同調する市民が現れ、実現することは難しい。しかし安倍首相がそれを提唱すれば、(渋々ながらも)保守強硬派も従う。リベラル、革新はもともと対話路線だから、それに反対しない。その結果、国内は結束する。もちろん対話路線で本当に問題が解決するのか疑問は残る。しかし強硬路線が行き詰っていることは間違いない。拉致被害者の家族も高齢となり残る時間は少なくなってきている。拉致問題解決のためにも、安部首相の決断に期待したい。


(H29/7/8記)


[ Back ]



Copyright(c) 2003 IDEA-MOO All Rights Reserved.