☆ 自立を目指す ☆

井出薫

 近頃、「トランプ大統領に、日米安保は米国にとって利益があることを分からせる必要がある。」という類の論評をしばしば耳にする。しかし、これには違和感がある。日米安保が米国にとって利益になるかどうかは、米国が判断することであり、日本が決めることではない。日本がなすべきことは、日米安保が日本にとって必要があるかどうかを考えることだろう。

 日米安保の解消を唱えると左翼だと言われるのが常だが、中曽根政権時代に官房長官を務めた後藤田は、晩年、日米安保を見直し平和友好条約に切り替えるべきだと語っていた。日米安保の要否と政治思想の左右は関係ない。事実、前世紀の80年代末から90年代初頭に掛けて東西冷戦が終結し、日米安保の必要性は大幅に減少した。左翼でなくとも日米安保の必要性に疑問を感じる者がいても少しもおかしくない。逆に左翼が日米安保の必要性を主張してもおかしくない。

 近年、経済力と共に軍事力も強化された中国が日本にとって脅威であることは否定できない。しかし、米国の強大な軍事力を後ろ盾にしない限り中国と交渉できないと信じている者は、いささか想像力に欠けると言わなくてはならない。中国にとって日本と軍事的な衝突を起こし日中関係を決定的に悪化させることにメリットはない。日米安保を解消し米軍が撤退したら、すぐにでも尖閣は中国領に組み込まれると想像する者がいるが根拠に乏しい。たとえ日米安保を継続しても、米国が尖閣は安保発動の条件ではないと宣言すれば、尖閣の防衛には役立たない。オバマ前大統領の下では、尖閣も安保発動の条件になると米国は宣言してきたが、トランプ大統領がその路線を継承するかどうかは分からないし、トランプ後の大統領は尚更分からない。オバマ政権も、安保発動の条件になると宣言する一方で、尖閣の領有権については中立の立場を貫いた。つまり尖閣の領有権は日中の外交交渉で解決すべき問題であり、米国がどちらかの肩を持つことはないというのが米国の立場なのだ。

 確かに、日米安保を解消した場合、パワーバランスの変化で、東アジアの政治的な安定が損なわれる危険性はある。その意味で、日米安保の継続が不可欠だと考える保守派の意見はそれなりに理に適っている。だが、「日米安保は米国の利益に基づくものであり、米国側から解消することはない。解消すれば米国は国益を損なう。トランプ大統領はそのことが分かっていない。」式の論評は正しいとは言えない。こういうことを主張する人々は、「日米安保=米国の国益」という図式を頭に刷りこまれ思考停止に陥っているとしか言いようがない。国土が広く資源も食料も豊富で、太平洋と大西洋共に行く手を遮る国がなく、長い国境で接する隣国カナダとは仲良しの兄弟姉妹のような関係である米国が、日米安保を解消したくらいで国益を大きく損ねるという根拠がどこにあるのだろう。

 そもそも世界第3位の経済規模を有する日本が米国なしでは遣っていけないというのがおかしい。超大国の力を借りることなく自立している国はたくさんある。キューバはソ連崩壊後も米国の圧力を凌いできた。おかげでキューバは貧しいままだと反論する者がいるが、キューバの経済発展の遅れは自主独立の代償ではなく、これまで市場経済を上手く活用できなかったことにある。キューバの教育水準は高くグローバル市場に積極的に乗り出していけば、中国や韓国のように大躍進する可能性が十分にある。さらに理想論を言えば、米国、ロシア、中国などの超大国が国際政治を支配し、これらの国の保障がないと平和が維持できないという現状を変えなくてはならない。一握りの超大国ではなく各国が参加する国連が世界平和の主人公となるべきなのだ。

 いずれにしろ、日米安保を不変の前提として考えることは止める必要がある。そのためには日米安保が解消される事態を想定して外交戦略を練っていくことが欠かせない。そして、それが日本の自立に繋がっていく。そのことをまずは私たち一人一人が自覚する必要があろう。多くの者が歴代の政権を対米追従と非難してきた。だが対米追従を止め自立するためには勇気が必要なのだ。


(H29/1/23記)


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