☆ 行き詰る年金 ☆

井出薫

 高齢化社会では年金は欠かせない。幾ら元気な者でも、80過ぎて若い者と同じように働き収入を得ることはできない。農民など自営業者は生涯働き続ける者がいるが、たいていは周囲の若い者が手助けしており、周囲に援助する者がいなくなると廃業を余儀なくされることが多い。医師や弁護士でも、大体は70代で現役を引退する。また病気や事故で働けなくなることもある。現役時代に現役引退後に必要となるだけの十分な資産を形成することができる者は良いが、その数はごく僅かに過ぎない。だから、家族が扶養しない限り、多くの高齢者は年金がないと生活が成り立たなくなる。

 現在の公的年金は賦課方式で、保険料を支払う現役世代の保険料が高齢の受給者に給付される仕組みになっている。そのために、支払者が減り、受給者が増えてくると、保険料は上げざるを得なくなる。だが、少子高齢化が急速に進む日本では、それでは余りにも現役世代の負担が大きくなるため、税金で補填(国庫負担)することになっている。しかし財政難の現状では国庫負担の比率を簡単に上げる訳には行かないから、どこかで保険料を引き上げるか、給付額を減らすかすることになる。前者であれば現役世代の負担増になり、後者であれば高齢者の生活が苦しくなる。両方を避けるためには、国庫負担を増やすしかないが、そのためには所得税などの増税が不可避となる。利益が上がっている大企業や高額所得者や資産家に負担させるという考えがあるが、グローバル市場経済では資本が海外に流出することが懸念され得策とは言い難い。実際、資本の流出回避、又は、資本の流入を目的に、多くの国では法人税の引き下げが行われている。この現状で日本だけ法人税を上げることは景気低迷を招く恐れがあり賢明な策とは言えない。

 このように年金問題を解決することは容易ではない。今の国会で、年金改革法案が審議されており、会期末までの成立は間違いないと言われている。この法案に対しては年金カット法案だという批判があり、野党から強い反発が出ているが、野党の側もこれと言った策がある訳ではない。民進党は年金制度の抜本的改革が必要だと主張しているが、具体案は示されていない。ここで論じてきたとおり、現状では、これと言った策はないから、それも致し方ない。

 公的年金制度そのものを廃止するなどという極端な意見もあるが、それでは企業年金や個人年金、利息や配当、土地家屋の賃料などで十分な収入が得られる者、十分な資産を所有している者を除いて、高齢者の生活が成り立たなくなる。そうなると生活保護を受けるか、子どもなど現役世代に頼るしかなくなる。しかし、それでは財政状況は益々悪化し、親の経済的支援を行う子どもたちなど現役世代の負担は、年金の保険料を支払うよりも、より大きくなる。年金制度そのものの解体などという考えは問題にならない。

 賦課方式から積立方式に変えるという考えもあるかもしれないが、現時点で積立金がないのだから現実味がない。そのうえ、積立方式では、低所得者は将来十分な年金を受け取れない可能性がい。保険料制度ではなく、税金から支給するという案もあり低所得者の保護という面からは一考に値するが、財政難を悪化させるか増税が余儀なくされ、抜本的な解決策にはならない。

 要するに、原資が足りず、原資を増やそうとすると、現在の経済システムでは財政や景気に悪影響を及ぼすことが避けられないというのが現状だ。打開するには、経済システムを変えるしかない。たとえば、かつてスティグリッツが主張した政府紙幣の発行が一つの案として考えられる。返済する必要がない通貨を政府が自ら発行しそれを年金など社会保障費に充てるという考えだ。これは景気対策にもなり、有力な案だと思える。その他、ベーシックインカムの導入、トヨタやNTTなど巨額の利益を上げている企業の国有化、共産主義革命、大家族制度の復活、グローバル経済の解体などという案もある。しかし、いずれも現時点では実現不可能であり、実現できても副作用が余りにも大きい。それゆえ、政府紙幣発行が唯一の解だと思われるが、インフレや通貨信用の下落などリスクが大きいとされ、支持者は少ない。そもそも政府紙幣発行を認めることは中央銀行の存在意義を否定することになるという意見もある。

 結局、景気を良くし、経済規模を拡大して税収を増やすことで、国庫負担を増やすしかない。だが、これも現実的には容易ではない。どこかに突破口は無いものだろうか。


(H28/12/11記)


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