☆ 自民党憲法草案 ☆

井出薫

 民進党が撤回を求めるのも無理はない。平成24年に策定された自民党の憲法改正草案のことだ。草案は、国家主義、民族主義、家族主義の色彩が強く、現行憲法と大きく懸け離れている。筆者は、どちらかと言えば護憲派だが、この異論は決して護憲派の屁理屈ではない。嘘だと思う人は是非、インターネットで草案を読んでみて欲しい。尤も、インターネットで誰でも読めるよう公開していることは評価できる。

 前文を見比べれば、現行憲法が国際主義なのに対して、改正草案が国家主義であることがすぐに分かる。冒頭からいきなり「日本国は、長い歴史と固有の文化を持ち、国民統合の象徴である天皇を戴く国家であって・・・」とある。「長い歴史」、「固有の文化」が何を意味しているのか今一つはっきりしないが、いずれにしろ改正草案が「日本は立派な国だ」という宣言から始まることは間違いない。先の戦争への反省、そこから導かれた平和思想と国際協調を本旨とする現行憲法との違いは明白だ。実際、草案の次の段落では、「先の大戦による荒廃や幾多の大災害を乗り越えて発展し・・」とあり、戦争への反省はきれいさっぱり消えている。さらに、「日本国民は、国と郷土を誇りと気概を持って自ら守り・・」とある。現行憲法が、国民の権利を前面に出しているのに対して、国民の義務が前面に出ている。改正草案を作った者たちは、「曲解だ。これは国民自らの宣言なのであり、義務を課すものではない」と言うだろうが、これは国民の総意ではない。国という存在は戦争や民族紛争の原因になるから将来的には無くした方がよいと考える者はたくさんいる。国に誇りを持つことは当然だと考える者もたくさんいるが、憲法にことさら謳う必要はない。

 改正草案15条3項、94条では、選挙ができるのは日本国籍を有する者だけと明記されており、外国人参政権は明確に否定されている。現行憲法でも、参政権は国民固有の権利とされているから、外国人参政権は認められないとするのが最も有力な見解で、政府見解でもある。しかし改正草案のように明確に外国人参政権を否定していないために、憲法学者の間でも地方選については参政権を認めても憲法違反にはならないとする見解にも一定の支持がある。また少数派だが国政でも認められると主張する者もいる。それゆえ、現行憲法には、憲法解釈の変更で外国人参政権を認める余地がある。しかし改正草案では完全に外国人参政権の道は閉ざされる。このことを以て、行き過ぎた民族主義だと断定するつもりはない。海外でも外国人に参政権を与えている国は少ない。だが、少ないとは言えあるし、韓国でも地方選では選挙権が与えられる。日本は保守派を含めて平和と民族融和を戦後一貫して唱えてきたのだから、外国人参政権を端から拒絶することには疑問がある。少なくとも現行憲法よりも後退させることは、民族主義の強まりを感じさせる。

 24条には「家族は、社会の自然的かつ基礎的な単位として尊重される。家族は、互いに助け合わなくてならない。」とある。これは非常に大きな問題を孕んでいる。憲法は国家を拘束するものとされるが、この条文は明らかに国民を拘束している。勿論、憲法には、納税、教育、勤労と国民の義務も掲載されている。しかしこれらはすべて国民のためになることであり、なすべきこともはっきりしている。権利の乱用の禁止も国民の義務だが、これは他人の権利の尊重を意味しており、やはり、なすべきこと、してはいけないことがはっきりしている。しかし「家族が助け合う」は意味が曖昧で、何をしなければいけないのか、何をしてはいけないのか、はっきりしない。下手をすれば、尊属殺人の重罰化が復活しかねない。介護の義務を全て家族が背負わなくてはならなくなる恐れもある。互いに仲が悪い家族はたくさんあるし、家族の存在が重荷になって苦しむ者もたくさんいる。家族の相互扶助をことさら憲法で義務付けることは、国民の幸福追求権を侵害することになりかねない。家族が助け合うこと自体は善いことであるが、義務化するべきことではない。

 自民党の改憲草案には、環境保全の責務など賛同できるところもあり、全面否定するつもりはない。改正草案の国家主義や民族主義、家族主義は緩やかなものであり、この程度ならば容認できると考える者もいるだろう。だが、国防軍の創成を謳う第9条改正を含めて、改正草案はやはり現行憲法の精神と懸け離れている。現行憲法は万能ではないし、自衛隊や日米安保など現実と合わないところもある。それでも現行憲法は日本社会に根付いており安易に変えるべきではない。少なくともその精神、民主、人権、平和、緩やかな普遍主義は堅持する必要がある。自主憲法は自民党結党以来の宿願かもしれないが、長く政権を担当してきた党として、現行憲法が広く日本社会に浸透し支持されていること、それが日本の平和と発展に貢献してきたことを認め、現行憲法の精神を継承した草案に作り直してもらいたい。


(H28/11/27記)


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