井出薫
大方の予想を覆して米国大統領選でトランプが勝利し、イギリスのEU離脱に続いて世界に動揺を与えている。二つの選挙結果の背景には急速に進むグローバル化への反発がある。 グローバル化は決して悪いことではない。国境という垣根を超えて人や資本の移動を可能にし、人々の相互理解と平和をもたらし、経済的繁栄を実現する基盤になる。半世紀前、バナナは高価で滅多に手に入らない貴重品だった。しかし今ではいつでも、どこでも安価に手に入る。 筆者を含めレーニンの「帝国主義論」を読んだ者は、グローバル化と聞くと、先進国の資本家による発展途上国人民の搾取というステレオタイプ的な考えが脳裏に浮かぶ。そして、筆者と同年代から上の世代、つまり50代、60代から上の世代では、そのように論じる者が少なくない。しかし、実際は、グローバル化は3つの条件を満たせば途上国に大きな恩恵を与える。政治が安定している、教育が充実していてほとんどの国民が読み書き・計算ができる、発展を阻害するほど過酷な自然環境ではない、この三つが満たされれば、途上国はグローバル化から利益を得て発展を遂げることができる。おそらく中国がグローバル化で最も大きな利益を得た国だろう。他でも、大体において政治が安定している途上国はグローバル化の恩恵を得ている。途上国は土地や賃金が先進国よりも安い。先進国の企業は途上国に進出して、本国より安い労働力と土地を利用することができる。それにより、途上国は雇用を増やし、しかも賃金も上がる。現地の平均的な賃金より高い賃金を払っても、先進国の労働者よりも賃金は安いから企業にはメリットがあるからだ。しかも、先進国の国民は持っているものでも、途上国の国民は持っていないものがたくさんある。だから、企業にとって、先進国よりも途上国の方が寧ろ魅力的な市場となる。途上国では、政治が不安定な国、教育環境が整備されていない国が少なくない。そういう途上国はグローバル化の恩恵を受けられない。その結果、グローバル化は格差を拡大していると見えることがある。しかし、それはグローバル化の欠陥なのではなく、政治の問題なのだ。 だが、確かにグローバル化がもたらす大きな問題が二つある。先進国の中流階級の没落と行き過ぎた金融自由化だ。グローバル化の進展で、途上国の労働者や移民に仕事を奪われ、仕事を失ったり賃金が下がったりした先進国の労働者は少なくない。ICTなどの技術革新が彼(女)らの苦境に拍車を掛ける。グローバル化とICTの進歩は表裏一体で、たとえばインターネットの普及とグローバル化は切り離して議論することができない。一方、グローバル化に伴う金融自由化で、世界経済は不安定になっている。金融、株や為替の操作は、それ自体では何ら富を生む出すものではない。これらの操作は、適正な範囲であれば、富を生み出すために必要な環境の整備に貢献する。しかし、現実はそれを大きく逸脱している。過度な金融自由化の結果、富を持つ者の恣意的な操作で、世界の労働者が、仕事を失ったり賃金が下がったりしている。その一方で、大きな富を持つ者たちは、働かずして富を増やしている。 イギリスのEU離脱と米国大統領選でのトランプの勝利は、このグローバル化の問題の解決に失敗していることを象徴している。EU離脱やトランプに投票した者を軽率だと批難することはできない。今のままでは駄目だ、という彼(女)の直感は間違っていないからだ。だが、EU離脱やトランプ大統領でグローバル化の問題を解決できるとは思えない。グローバル化を逆行させることはプラスよりもマイナス効果の方が遥かに大きい。地球温暖化など環境問題は、グローバルな連帯が不可欠で、グローバル化を放棄したら解決不可能になってしまう。グローバル化は先進国から途上国への富や技術の移転という効果を持つことも忘れてはならない。また、経済のグローバル化で相互依存が強まり、どの国にとっても戦争がしにくくなり平和をもたらすという効果もある。グローバル化を進めながら、それが抱える課題を解決する。それが唯一の進むべき道だ。これからもイギリスがEUとの連帯を堅持し、トランプ大統領が選挙戦での公約に固執することなく適切な政策を遂行することに期待したい。 了
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