☆ 憲法を学ぼう ☆

井出薫

 テレビの街頭インタビューで「憲法改正に国民投票が必要だとは知らなかった」と答えている人がいた。これほどまでに憲法への関心が薄いのかと驚いた。しかし、この人に限ったことではなく総じて憲法への関心は薄く、そもそも憲法が理解されていない。

 総理大臣の衆院解散権がどの条文に基づくか理解している者がどれくらいいるだろう。周囲の10人ほどに尋ねたが知る者はいなかった。第7条で規定される天皇の国事行為の中に衆議院の解散が含まれていることが根拠となっている。だが、第7条に総理大臣の解散権が明記されている訳ではなく、憲法解釈で解散権があると認められているに過ぎない。だから今でも総理の解散権は衆院で不信任決議が可決されたときまたは信任決議が否決されたときだけ発生すると解釈すべきだと主張する者もいる(注)。また、この点を考慮して平成24年に自民党が纏めた憲法改正草案には総理大臣の衆院解散権が明記されている。
(注)第69条で、不信任案可決または信任案否決の場合、解散しなければ内閣は10日以内に総辞職しなくてはならないとされている。つまり、この場合、内閣には解散と総辞職の二つの選択肢がある。そして、内閣の意思は、総理大臣が任意で国務大臣を罷免することができることから(68条2項)、総理の意思を意味することになる。第7条から総理大臣に衆院の解散権があると解釈される場合も、内閣の意思=総理の意思であることが、総理の解散権の根拠となる。

 普天間基地移転問題では沖縄県知事の反対で辺野古への移転計画が進んでいない。地方の知事が中央政府に対して真っ向から抵抗し国の計画を押し留めることができるとは凄いことだとは思わないだろうか。たとえ総理大臣と言えど知事に命令することはできない。何故か?憲法第93条で知事は住民の直接選挙で選ばれると定められているからだ。住民の信託を受けた知事の意思と行動はそれが住民の民意を反映している以上、総理大臣と言えど尊重しなくてはならない。だから現代の知事は強い。しかし戦前の知事は内務省(現総務省)の官僚が務めていた。つまり知事は国家官僚機構の一役職に過ぎなかった。だから知事は当然のことながら中央政府の意向を体現する者でしかない。戦前だったら知事は住民の反対にも拘わらず普天間基地移転を政府と協力して強行していた。住民が住民の生活に関わる問題に対して知事を通じて中央政府に抵抗することができるのは現行憲法の賜物だ。

 このように憲法は知る、知らないに関わらず私たちの生活に巨大な影響を与えている。それを知らないで済ませてよいのだろうか。選挙では憲法よりも社会保障や経済が重要だと答える者が多いが、社会保障も経済政策も憲法にその法源があることを忘れてはならない(残念ながらほとんどの者が忘れている)。改憲勢力が両院とも3分の2を超えた。自民党と公明党では改憲の方向性が大きく異なり、直ちに改正案で合意がなされるとは思えない。特に復古的な色彩が強い自民党の改正草案に公明党が首を縦に振ることはないだろう。自民党内でも表面化していないだけでたくさんの異論があるはずだ。だが、今後、安倍政権が参院選の勝利を背景に、改正草案をベースに改憲論議を始めることは間違いない。改正草案は、それを読みさえすれば、自民党支持者ですら、一部のタカ派を除けば、問題が多いと感じるに違いない。それは国民主権、人権、平和の三つを柱とする現行憲法から逸脱している。在日外国人への地方選挙権の付与が議論されているが、改正案ではそれが明確に否定されており時代錯誤的な民族主義の傾向が強いと言わざるを得ない。さらに家族の意義と義務が明文化され、ことさら強調されており、改正案がそのまま成立したら、介護や育児など家族関係に悩む者たちの苦難は確実に増大する。

 憲法改正は国民投票で決まる。そのことを考えれば、自民党の現時点での改正草案がそのまま新憲法になった暁には、「日本人は愚かな決断をした」と、英国のEU離脱以上に、世界から失望され非難されることになる。現行憲法を支持するしないに関わりなく、憲法を学び、そして各方面から出されている改正案を吟味することは、市民の義務であり、それが自らの権利を守ることに繋がる。また、学者や報道関係者は、現行憲法とその改正案、護憲派と改憲派の意見を分かりやすく解説し、市民の憲法への関心が高まるように努める責務がある。そして、護憲派もいつまでも「9条を守れ!」、「戦争法案反対!」などという紋切り型のスローガンを掲げるだけではなく、改憲派の意見にも耳を傾けつつ、「なぜ改憲に反対なのか」を様々な事例を集め根拠づけを行い、理路整然と人々に説明する必要がある。さもないともはや「現行憲法は素晴らしい!」では人々を説得することはできない。


(H28/7/24記)


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