☆ 憲法改正の限界 ☆

井出薫

 憲法第96条に基づき、衆参両院で3分の2以上の多数、国民投票で半数以上の多数で可決されれば、憲法は改正される。しかし、どのような改正でも可能なのだろうか。二つの考えがある。

 憲法第96条は現行憲法の範囲内にあるから、憲法は現行憲法に合致する範囲においてのみ改正することができる、それを超える改正はできないとする考えがある。これは憲法改正の限界説と呼ばれる。一方、衆参両院で3分の2、国民投票で半数以上の賛成が得られればどのような改正でも可能だとする考えがある。これは無限界説と呼ばれる。

 どちらの考えにも一理ある。だが筆者は限界説を支持したい。両院の3分の2、国民投票の2分の1を取ったからと言って、憲法の精神に反する改正(改悪というべきか)は許されないと考えたい。人権を制限する改正、平和思想を放棄する改正、国民主権を否定し独裁へ通じる改正は許されない。

 どちらでも同じだという反論があろう。国会で議決し国民投票で可決されれば、現行憲法と整合しているかどうかに関係なく、それが有効になる。無効だとして訴えを起こしても最高裁がそれを認めるとは想定できない。無効だと判断しても執行権力を持たない司法には限界がある。それゆえ、限界説と無限界説は、憲法に反する改正がなされたとき、それを新しい憲法の制定(注)と考えるか、正当な手続きに従ったのだから改正と認めるかという違いでしかなく、現実的な意義はない。こういう反論だ。
(注)限界説は憲法の改正と制定を明確に分離し、前者については限界があると考える。しかし、人間の定めたものである以上、憲法の制定には限界はない。それゆえ主権者(日本では国民)はどのような憲法でも制定することができる。それゆえ改正に限界があるからと言って、特定の条項や条文が絶対に修正できないということではない。

 しかし、限界説を取ることで、憲法改正を提案する者は改正案が現行憲法に合致しているかどうかの判断をまず迫られる。これは改正を提案する者にとって大きなプレッシャーとなる。国民投票をする国民にも重要な検討材料となる。憲法改正は、憲法に手続と成立条件が明記されており、いつでも可能だ。しかし、それでも憲法改正には一定の制約が課せられているという認識は、民主、人権、平和を堅持するために極めて重要だと言ってよい。それゆえ限界説が無意味だということにはならない。

 改憲勢力が3分の2を占めたとされるが、自民党と公明党では改憲で目指すところが違う。自民党内でも具体的な条項と条文については意見が分かれるだろう。それゆえ本当に改正案が国会に提出されるかどうかは定かではない。だが、少なくともその可能性がかつてないほどまでに高まっていることは事実だ。この現実に直面している今、いずれにしろ憲法改正の限界について考えることは極めて重要だと思われる。


(H28/7/17記)


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