☆ 世論調査 ☆

井出薫

 マスコミ各社は世論調査をよく行う。報道機関として世論を調査し、公表することは重要な責務の一つだ。だが世論調査の方法に様々な問題がある。  政権の支持率は最もよく調査される項目の一つだが、報道機関によってばらつきが大きい。対象が偏っているか、質問の仕方に違いがあるのか、いずれにしろ誤差範囲とは言えない乖離がある。自民党政権に批判的な報道機関は支持率が低く、肯定的な報道機関は高くなる傾向がある。これでは調査の信憑性はどちらにしろ低いと言わなくてはならない。人々は多数意見に同調する傾向があり、報道機関は調査をしているのではなく、世論を操作、誘導しようとしていると疑われても致し方ない。ここでは、報道機関が自ら持つ思想信条に起因したバイアスを如何に排除するかが重要な課題となる。

 憲法改正問題では、どの条項を対象にしているかをはっきりさせずに漠然と「憲法の改正は必要か」という質問がなされることが多い。しかし、これでは極めて偏った調査になる。第9条の改正には反対だが、他の条項は改正する必要があると考える者は少なくない。たとえば、大統領制、一院制、道州制などは、現行憲法では不可能で改憲が必要となる。重要政策に関する国民投票も現行憲法では制度化は困難だと思われる。だが、この質問では、そういう思想を持つ者は答えに窮する。通常、改憲と言えば日本では第9条の是非が問われる場合が圧倒的に多く、それが分かっているから改憲の要否について「賛成」とは答えにくい。結局、報道の意図を汲んで「反対」と答えることになるが、これでは極めて歪んだ世論調査となってしまう。更に、こういう曖昧な質問は「憲法改正とは専ら第9条に関わる問題である」とするイデオロギーを意図せず再生産することになる。それゆえ、このような曖昧になりがちな事項に関する調査では、先入観を排除し、調査項目と内容の精度を上げる必要がある。

 一方、単純に賛成・反対の比率で議論すべきではない問題もある。その典型的な事例として、税制を挙げることができるだろう。増税が過半数の支持を得ることはほとんどない。消費税増税もそうで、延期を多数が支持している。だが、その一方で、増税を否定すると福祉や社会保障の後退あるいは財政破綻が起きるリスクがあることを多くの者が認識している。だから福祉や社会保障の将来について質問すると、不安を抱く者が多数を占めるという結果になる。そして、それが、政府の景気対策にも拘わらず消費が活性化しない要因の一つであり、参院選で選挙民が一番重視する課題として社会保障や福祉が挙げられる理由ともなっている。だから、税に関する世論調査では、ただ単に賛成・反対の割合だけではなく、多角的な視点から、人々が何を望んでいるかを浮き彫りにするような調査が必要となる。

 他にもさまざまな問題を挙げることができるだろう。いずれにしろ、どの問題も簡単には解決できない。だが、世論調査の数字が持つ力は計り知れない。新国立競技場のコンペのやり直し、消費税増税の延期、舛添東京都知事の辞任などでは、世論調査の数字が大きく物を言った。世論調査は、世論を調べるだけではなく世論を作り出す強力な効果がある。そして、それが未来を大きく左右することもある。世論調査に関して画一的な基準や方法を各報道機関に押し付ける訳にはいかない。それこそ表現の自由の侵害になる。とは言え、世論調査の波及効果の大きさは、問題の本質を捉え、課題を解決する方法と基準の必要性を示している。各報道機関の自主性を最大限擁護しながら、世論調査に関する標準的な方法論の確立が急務だと思われる。報道機関がまず現行の世論調査の問題点を認識し、報道機関と研究者、言論人、そして一般市民が広く参加する場において、その在り方を慎重かつ大胆に議論することが今強く求められている。


(H28/6/19記)


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