☆ 違憲審査 ☆

井出薫

 昨年、安保法制が成立したら最高裁に違憲審査を求めると言っていた法律家がいたが、訴訟は起こされていない。

 憲法81条にはこう書いてある。「最高裁判所は、一切の法律、命令、規則又は処分が憲法に適合するかしないかを決定する権限を有する終審裁判所である。」この条文を読む限りでは、安保法制を違憲として最高裁に訴えることができるようにも思える。だが、できないというのが定説だ。

 違憲審査は、法律に基づき発せられた命令等により、具体的に誰かの権利が侵害された時にのみ、その本人により当該権利侵害について提訴がなされ、それに付随して対象となる法律の憲法判断が示される。これが日本の違憲審査制度であり、付随的違憲審査制と呼ばれる。法律という抽象的な存在を直接違憲審査することはできない。だから法律家が安保法制は違憲だと判断しても、それだけでは違憲審査を求めることはできない。だから、いまのところ誰も違憲審査請求をしていない。

 安保法制により改正された法律に基づき、自衛隊員に海外への出動命令が発動されたと仮定する。そのとき、ある自衛隊員が「自分は公務員として憲法に従う義務がある。それゆえ憲法違反の法律に基づく出動命令に従うことはできない。」と出動を拒否したとしよう。そのとき彼又は彼女は命令違反として処分されるだろう。それに対して、彼又は彼女は訴訟を起こして、処分の取り消しと賠償を求め、併せて安保法制の違憲性を争うことができる。つまり、具体的な権利侵害が起きて初めて違憲審査を求めることができる。逆に言えば、問題が起きるまでは違憲審査は請求できない。また訴訟は処分された本人のみが可能で、他の者が代理で訴訟を起こすことはできない。

 付随的違憲審査制はアメリカ、イギリスなどで採用され、日本と同じようにこれらの国では法律という抽象的な存在を違憲審査に掛けることはできない。つまり日本だけが特別な訳ではなく、この制度は広く世界で認められている。ドイツ、オーストラリアでは法律そのものの違憲審査が可能であるが、審査の権限は司法裁判所ではなく憲法裁判所にある。だが日本には憲法裁判所がなく、憲法裁判所を制定するには憲法の改正が必要となる。

 立法の権限はもっぱら国会にあり、裁判所にはない。憲法41条にそのことが明記されている。「国会は、国権の最高機関であつて、国の唯一の立法機関である。」だから、国会が可決した法律を裁判所が否定することは越権行為であり認められない。ただ、ある法律の施行により具体的に誰かの権利が侵害されたときには、その権利侵害の事実に基づき、裁判所は違憲審査を行うことができる。そして、違憲という判決を下すこともできる。ただし、判決の主文ではなく判決の理由として違憲審査の結果が示される。先の例で言えば、命令を拒否した自衛隊員の主張を認め、判決は「処分は不当」、判決の理由として「当該法律は違憲」ということになる。(ただし、現実に同種の事象が発生したとしても、最高裁の判決がここで述べたとおりになるかどうかは分からない。)

 確かに三権分立の原則からすれば、これは妥当な見解と言える。法律が合憲かどうかは第一義的には国会が決める。そもそも憲法は国会が定めたものであり、裁判所が定めたものではない。国会議員は選挙で国民から選ばれている。国会議員にはその意味で民主的正当性がある。最高裁の裁判官は国民審査を受けるが十年に一度であり形式的なものに過ぎない。もし最高裁の裁判官の多数が特定の思想的傾向を有していて、次から次へと国会が定めた法律に違憲判決又は合憲判決を下していたら、国政は成り立たなくなる。だから裁判所は具体的な権利侵害があるまで憲法判断はしない。具体的な権利侵害があれば、それを救済し私人の権利を保護するのは裁判所の役割だから、法律の違憲性を認定し、それを基にして侵害された権利の回復と補償を命じることができる。

 だが、本当にそれだけでよいのだろうか。最高裁の判決はあくまでも問題が発生した後での措置に過ぎない。安保法制のような性質の法律では、問題が発生したらもはや手遅れという事態が想定されうる。改正された法律に基づき自衛隊が海外で参戦し、自衛隊員に多数の死者を出し、また多数の他国の兵士や民間人を殺傷するに至った後、違憲判決を下しても意味はない。安保法制では、各種世論調査で反対意見が多数を占め、しかも国会に参考人として招致された憲法学者が揃って憲法違反だと論述したにも拘わらず、安倍内閣は「安保法制は国民を戦争に巻き込まないためのものだ」と強弁し、野党の反対を押し切り強行採決し可決した。一体、このような事態に対して国民は何ができるのだろう。衆院の解散や国民投票を求めることはできない。選挙があっても、選挙民はただ一つの問題だけで投票する者を決める訳ではない。防衛や憲法問題では安倍内閣に反対するが、経済政策では支持する、全体的な判断としては投票するのは自民党公認候補だ、ということは十分にありえる。その場合、自民党が多数を占め、政権は信任されたと言い張る。だから、国民には、安保法制の強行採決・可決に対抗する手段がない。デモという方法があるが、一定の圧力を掛けることはできても、衆参両院で与党が多数を握る状況では限界がある。

 憲法解釈上、また諸外国の事例などを考えれば、現状は止むを得ないかもしれない。だが、今のままでは、政権が暴走したときに歯止めとなるものがない。それを阻止するためにも、司法にもっと積極的に行動する権能を与えるべきではないだろうか。日本では、憲法問題と言えば、専ら9条が話題となるが、違憲審査の問題も9条に劣らず重要な課題と思える。


(H28/5/4記)


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