☆ 平和への道 ☆

井出薫

 米国にとって日米安保は不可欠で、日本から解消しない限り、米国から解消することはないと多くの日本人は信じてきた。しかし、トランプ氏の発言はそれをひっくり返した。

 共和党の大統領候補争いでトップに立っているとは言え、米国内でも批判する者や嫌う者が多いトランプ氏が大統領になる可能性は高くない。だが、その発言で日本の政界や言論界が動揺している。それは、「(日本が負担増を認めないならば)日米安保解消」という発言が如何に日本の意表を突いたものだったかを示している。

 日米安保についてトランプ氏の考えを支持する者がどれだけ米国にいるかは知らない。しかし冷静に考えれば、米国にとって日米安保の意義は乏しいと考える米国人がたくさんいても不思議ではない。もし尖閣諸島で日中が衝突し、米国が日本に加担した結果米兵に被害がでたとしたら米国民はどう感じるだろう。「日本と中国の間にある無人島のために、なぜ米国の兵士が傷つかなくてはならない。それは日本と中国の問題で米国には無関係だ。」と多くの米国民は考える。そして、おそらく日米安保解消という機運が米国で高まる。

 日本では左派を中心に、米国は覇権国家だと見る者が多い。しかしそのような見方が正しいとは思えない。寧ろ伝統的に外国の事に関与しないという孤立主義の傾向が強い。19世紀のモンロー主義は、第一次世界大戦後も続き国際連盟に米国は加盟しなかった。米国で最も人気があるスポーツはアメリカンフットボールだが五輪の競技ではなく、正式の世界選手権もない。野球もWBCがあるが正式な世界選手権ではない。そして、そのことを米国民は気に掛けない。外国がどうか、外国は米国をどうみているかにさほど関心はない。その点は日本と対照的だと言ってよい。

 それもそのはず。米国は国土が広く、海洋も太平洋、大西洋とも遮る者はない。中国が日本、台湾、フィリピンに太平洋への出口を遮られているのと対照的だ。地下資源も豊富で、食糧自給率も100%を超える。世界一の軍事力、経済力と科学技術力を誇り、成功を夢見て世界中から俊英が集まってくる。カール・マルクスですら米国には好意的だった。第2次世界大戦後、共産主義が世界に広がり米国の体制を脅かすに至ったために米国は世界にその軍事力を展開した。しかし91年にソ連が崩壊し、さらに中国が市場経済に移行したことで共産主義の脅威は去った。イスラム急進派は米国にとって厄介な存在だが、共産主義のように米国の体制や世界の市場経済を転覆させるような存在ではない。要するに米国は外国の事に関わる必要がない。

 それゆえ米国の側から日米安保の解消を通告してくることは十分にあり得る。日米安保は日米どちらからでも一年前に通告することで一方的に解消することができる。サンフランシスコ条約との関係で簡単にはできないとされるが、議会の承認があればできる。安倍首相とすれば「だからこそ、そうならないように安保法制が必要だったのだ。」と言いたいかもしれない。だがトランプ氏が大統領に就任し日米安保が解消されたら御笑い種になる。

 米国が、戦前の日本の軍国主義は批難されて当然の存在だが、それを差し引いても原爆投下や大量の民間人を死に至らしめた空襲などは正しい行為ではなかったと反省し、さらに日米安保を解消すれば、おそらく倫理的にも政治的にも最も正しい道を取ったことになる。日本人もそれを称賛せざるを得ないだろう。米国は民主的で人権が堅持されている国であり、トランプ氏が大統領にならずとも、いずれはそうなる可能性は高い。

 日本は日米安保と米軍基地が存在しない状況を想定して将来を考える必要がある。どうするか。核武装するという者がいる。そういう者は必ず非武装中立論者をお花畑論者だと嘲笑する。だが核武装論は非武装中立論以上に非現実だ。核を保有しても先制攻撃されて核による反撃能力を無力化されれば何の意味もない。米国とロシアはそれができる。中国もいずれできるようになる。北朝鮮もそれを目標とする。韓国もその気になればできる。それゆえ日本は泥沼の大量破壊兵器開発競争に突入せざるをえなくなる。それは戦争の危険性を増すだけで平和には繋がらない。日本が戦後経済的に繁栄することができたのはなぜか。日本がお花畑だったからだ。非武装中立論は現時点では非現実かもしれない。だが核武装という道は破滅したくないのであれば絶対にない。官民挙げての外交努力と国際協調、平和な世界への絶え間ない努力、これが唯一の現実的な道だ。今は21世紀、大義名分もなく他国を攻撃する国はない。相手に大義名分を与えなければ国は守れる。丸腰を恐れない勇気を日本人が持つことができれば、それは可能になる。


(H28/4/10記)


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