☆ どうすればよいのか ☆

井出薫

 日銀がマイナス金利に踏み切った。ゼロ金利でも思うように景気が浮揚せず、さらに株価が急落し危機を感じてマイナス金利を実施したというところだろう。黒田日銀総裁は、以前マイナス金利は実施しないと宣言した。だが、そうも言っていられないという状況に追い詰められた。

 しかし、これは日銀の政策の失敗と言うべきではない。金融緩和だけで景気が浮上する訳ではない。市場に流通する貨幣量を重視するマネタリストでも金融政策が万能と考えている訳ではない。

 金融緩和、財政政策、成長戦略、この3つが安倍政権の経済政策の柱だ。金融緩和で金利を下げ、財政政策で雇用を創出し短期的に景気改善の道筋をつけ、成長戦略で長期的な安定を図る。これが政権のシナリオだった。だが成長戦略が思うように軌道に乗らず、金融政策にさらに頼らざるをえなくなった。

 しかしマイナス金利で強制的に貨幣を市場に注入しても、それが生産に使われなければ景気はよくならない。余ったお金が株や土地など資産運用だけに使われるようなら、株式市場が活況を呈し土地が値上がりしたとしても景気は改善せず、早晩バブルが弾けるだけに終わる。だから、どうしても成長戦略を軌道に乗せる必要がある。

 安倍首相は就任以来、社会主義者に変貌したかのように、毎年、経済界に賃金の引き上げを要請している。賃金が上がれば消費が活性化し、さらに企業業績が改善する。実際賃金は上昇したし、賃金上昇にも拘わらず企業の業績は改善した。だがそれでも景気がよくなったとは言えない。消費が活性化していないからだ。

 賃金が上がり収入が増えるのは大企業の正社員などに限られる。高齢者は年金も社会保障も先細りし、その上、増税とインフレで、消費を増やすどころか削減しなくてはならない状況に陥っている。賃金が上がった勤労世帯でも高齢の両親の面倒を見なくてはならない者には消費を増やす余裕はない。非正規雇用者も賃上げ効果がほとんど及ばず、消費拡大には繋がらない。

 携帯電話の利用料が家計に大きな負担となっているとして、携帯電話会社に値下げを迫っているが効果は疑わしい。現在の電気通信事業法では料金設定は事業者の自由であり、行政の裁量が及ぶ余地はない。賃上げ要請と同様、携帯電話会社も一定の譲歩をして値下げをするようだが、経営にほとんど影響がない程度で経済的な効果はたかが知れている。そもそも携帯電話の料金が下がれば消費が増加するという保証はなく、寧ろデフレ要因になる危険性もある。携帯電話料金の一部はインセンティブとして携帯電話の代理店の収入となっており、料金値下げが代理店へのインセンティブの減少に繋がる可能性は大きく、そうなれば代理店業界は縮小し雇用に悪影響を及ぼす可能性もある。スマホの普及で携帯電話は音声通話の道具からインターネット端末へと変化しており携帯電話を使って様々な商取引が行われている。料金値下げを求めるよりも料金を現状維持したうえでのサービス向上を求める方が賢明なのではないだろうか。

 クールジャパンとやらも成果が上がっていない。そもそも文化に疎い政治家や官僚たちに何ができるだろう。新国立競技場や五輪のエンブレム問題で露見したとおり、能力のない者が権威に頼って政策を遂行しようとするから浪費するだけで成果が上がらない。観光事業も同じことで、爆買い頼みではすぐに行き詰る。

 だからと言って安倍政権を責めるつもりはない。成長戦略は誰にとっても難しい。安倍政権以外の政権でも上手くいかないだろう。日本経済はそれなりに成熟しており、政府が笛を吹けば踊るという状況にはない。一般市民がクールなのだ。だから別に景気を浮揚させる必要はないという意見もある。そういう意見の持ち主は、右肩下がりでも生きていく知恵を身に付ければ大丈夫だと言う。しかし現実には、そうはいかない。それでは福祉や社会保障が成り立たなくなる。公的な仕組みではなく、地域社会が高齢者や低所得者を支える仕組みができればよいが、一朝一夕にはできない。拝金主義を捨てればよいなどと呑気なことを言う者もいるが、大多数の市民は拝金主義者などではない。ただ安定した生活を望んでいるだけで、そのために貯蓄をしているに過ぎない。寧ろ、拝金主義者がいないから成長戦略のアイデアが出てこないとも言える。

 このままでも大丈夫と言う楽観論はそろそろ通じくなる。だが、どうすればよいのか分からない。クールジャパンでも、誰が推進役になればよいのかと問われると思い付かない。文化の領域で活躍している者が有する能力と政策を立案して実行する能力は異なる。有名人をひっぱり出してきても徒労に終わる。これが実情だ。

 ただ道がない訳ではない。と言うのは、これは日本だけの悩みではないからだ。勿論日本固有の問題はある。しかし先進国と呼ばれている多くの国が日本と同じような悩みを抱えている。良くも悪くもグローバル化の流れが変わることはない。それはより多くの情報を海外から得ることができ、同時に日本の情報を海外に伝えることができることを意味する。内でアイデアがでないときには外に学ぶしかない。そして学ぶ先は、欧米だけではなく、韓国や中国など増えている。世界に目を向け、世界と対話し、そこから隘路を脱する知恵を学び取りたい。そのために絶対に欠かせないことは平和を維持するということだ。


(H28/1/31記)


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