☆ 派遣労働法改正に思う ☆

井出薫

 バブル崩壊以来、派遣労働の範囲が拡がり非正規雇用が拡大してきた。今回の派遣労働法改正でさらに派遣労働者が増えることが予想される。

 改正は派遣労働者の地位強化に繋がると政府は主張するが、甚だ疑わしい。たとえ地位強化に繋がったとしても、それを以て経営側は正規雇用への転換を拒否する免罪符を手に入れることになる。確かに3年ごとに異動することで派遣労働者は長期に亘って同じ企業で働き続けることができる。給与も上がるかもしれない。優秀な者は正社員となり管理職に就くことも期待できる。だから企業からすればそれなりの処遇をしていることになる。だが、話しがそう上手くいくわけがない。そもそも改正は労働者側が提案したものではなく、企業の競争力強化の必要性を訴える経営側により提案されたものだ。経営側に不利になるような内容になるはずがない。少数の優秀な者は出世の機会が増えるかもしれないが、大部分の者は正規雇用の機会を失う。

 日本が資本主義社会である以上、民間企業が利益の拡大を求めることは当然で、労働者の待遇改善は利益追求に欠かせない場合にのみ実施される。法を守るため、労働力を確保するため、などがその要件になる。もし今回の法改正がそういう類のものならば、経営側は反対したはずだが、言うまでもなく反対するどころか賛成している。今回の法改正は派遣労働者のためになるなどと言っている者は、お里が知れている。

 これに対して、改正賛成派はこう反論する。企業の利益拡大が社会の富を増やし、結局労働者のためになる。共産主義は労働者が主人公となる社会を作ると称したが経済は発展せず政府を批判する権利は剥奪され、労働者は資本主義社会よりもずっと悲惨な状況に陥った。福祉国家は財政を逼迫させ、経済は低迷し、やはり労働者のためにならなかった。だから、たとえ派遣労働法改正が派遣社員の増加に繋がったとしても、全体的にみれば経済成長をもたらし労働者を幸福にする。派遣労働法に反対する者は、古臭いマルクス主義的思想に縛られ、労働と資本を対立的にしか見ることができない。しかし、そうではない。資本が拡大することが労働者に富と幸福をもたらし、同時に豊かな労働者がより大きな市場を形成し資本の拡大を生み出す。資本と労働は車の両輪となる。

 こういう反論にも一理ある。日本において、左翼とかリベラルなどと称される者は大概、暗黙の前提として資本と労働を対立的に捉え、そこから発想する。筆者が展開した論述も同じだと言ってよい。だがマルクスが資本論を世に出してから(1867年)、およそ一世紀半が経つと言うのに資本主義は依然健全で、唯一とも言える体制を築いていることを否定はできない。そもそも未だにマルクスが読まれ人気があるのは資本主義が強いからだ。だとすると資本主義とは決して資本と労働が対立する社会ではなく、資本と労働が協調している社会ではないか、時には対立することがあってもそれは資本主義の本質ではなく偶発的な事故に過ぎないのではないか、こういう考えが浮かんでくる。

 確かに、マルクスやエンゲルス、そしてレーニンが考えていたほど資本と労働は対立的ではない。労働者を不幸にすることが資本家の目的ではなく、資本が利益を拡大できれば労働者が豊かで幸福であることに何の問題もない。寧ろその方が労働者から恨まれない分、好都合だと言えよう。だが、それでも資本と労働は本質的に対立的と見るしかない。その証拠が派遣労働であり、派遣労働法改正に続いて政府が導入を急いでいるホワイトカラーエグゼンプションだ。自ら正規雇用を拒み派遣労働を望む者もいる。だがそれはごく少数で、多くの者は諸般の事情で正規雇用の機会に恵まれず派遣労働者になっている。労働形態を多様化すると言えば聞こえは良いが、要は経営の労働需要に適合した労働市場を作り出したいというだけのことだ。そうでなければ、望まぬ派遣労働に従事する者がこんなに多いはずがない。「では、どうする!」こう問われるだろう。派遣を全員正社員にしたら給与が大幅に下がるか多くの企業が倒産し却って雇用環境は悪化する。こういう脅し文句が飛んでくる。そして事実その恐れはある。

 資本(資本という言葉の多義性はここでは論じない)が生産を駆動することが社会の原動力となる社会、つまり資本主義社会を根底から見直すことが必要なのだと思う。おそらく資本主義という枠組みの中で考え行動している限りでは解決の道は見いだせない。だが霞を食って生きていくことは出来ない。人は皆、資本主義社会の中で収入を得て生活していかなくてはならない。現実が現実を超える道を閉ざしている。どうすればよいのか。おそらく無駄な存在に思える哲学が希望の光となる。哲学は一部の教授や評論家を除いて社会で成功するためには役立たない。寧ろ哲学に嵌ったために成功する機会を失った者の方がずっと多い。だが、だからこそ、そこに体制を超える道を見い出す可能性がある。


(H27/9/13記)


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