☆ 新国立競技場の計画見直し ☆

井出薫

 新国立競技場の計画が見直されることになった。建設費が2500億円を超えるとなれば当然のことだろう。しかし、ただ見直せばよいというものではない。

 国立競技場の改築は2020年の東京五輪の前年、日本で開催されるラグビーワールドカップのために計画された。しかし、見直しにより間に合わないことが確実になったと言われている。五輪と比較するとラグビーワールドカップへの関心は低い。とは言え、ワールドカップ招致の際に最新の競技場を作ることをコミットしているはずだ。だから五輪に間に合えさえすればよいというものではない。場合によってはラグビーワールドカップの開催を返上する必要がある。そもそもワールドカップ開催は東京五輪開催よりも先に決まっている。それなのに後から決まった五輪を優先するほどラグビーを軽く見ているのであれば、ワールドカップなどを開催する資格はない。日本では野球の方がラグビーよりもずっと人気が高いが、世界を見渡せば、ラグビーの方が野球よりもずっと競技人口が多く、野球のWBCなどよりラグビーのワールドカップの方が比較にならないほど世界の注目度は高い。「五輪が大切だからラグビーは後回しで仕方ありません」では通じない。世界に向かって、ラグビーワールドカップをどのようにして成功裏に導くか、きちんと説明する責任がある。だが、果たして、そのことを政治家や報道関係者を始めとして、日本人は認識しているのだろうか。適切な対応を取らなければ、日本は世界から場当たり的で不誠実な国だと批判されることになる。

 東京都の対応も理解に苦しむ。負担を求められた舛添知事は迷惑だと言わんばかりの発言を繰り返しているが、無責任と言わざるを得ない。五輪開催を望んだのは東京都だ。言いだしたのは石原で、開催が決まったのは猪瀬の時だが、舛添は五輪を成功させると公約して知事になった。国立競技場は国の施設だが、東京五輪開催で、東京は、インフラ整備の促進、東京のPR、海外からの旅行客の急増による経済的メリットなど多くの利益を得る。その五輪のために不可欠な施設である国立競技場の整備に多額の費用が必要ならば応分の負担をするのが当然だ。必要があれば、時限的な措置として、一定以上の収入あるいは利益を得ている東京都民と東京に本社を有する企業から五輪税徴収を検討すべきだろう。(筆者もその一人だが)都民もそれは覚悟した方がよい。五輪という素晴らしい行事を間近で観ることができ、世界の人々と交流する機会が与えられ、自らをPRすることもできる、企業は収益増が期待できる、こんな幸運に、ただで巡り合えるなどと考えているのであれば、虫が良すぎる。所得の少ない者や赤字の中小企業への課税や負担増は避けなくてはならないが、東京には日本で一番、金持ちが集まっている。だから応分の負担はできる。五輪開催には莫大な費用が掛かることは事前に分かっているのだから、それが嫌なら五輪開催そのものに反対するべきだ。

 一部で、新国立競技場設計のコンペの審査員長である安藤忠雄やコンペの勝者であるザハ・ハディドを批判する声があるが、これは全くのお門違いだ。建築物の設計は、意匠設計、構造設計、設備設計からなる。安藤とザハ・ハディドは意匠設計の専門家で、構造設計と設備設計は別の者が遣る。建設費用は構造設計と設備設計をして、そこから具体的な見積・積算をして初めて決まる。安藤やザハ・ハディドに2500億円という数字に責任を持てなどと言うのは無茶だ。そもそも、安藤やザハ・ハディドという権威にすがること自体が間違っている。確かに安藤は世界的にも高い評価を得ている日本を代表する建築家で、ザハ・ハディドは脱構築主義と言われるポストモダニズム建築の旗手の一人と高く評価されている。しかし安藤は73歳、ザハ・ハディドは64歳と、もう若くない。こういう巨匠には周囲は遠慮して意見を言わないし、本人も意見を聞かないだろう。また巨匠とは言っても、最新技術や建設コストなどには疎い。寧ろ、20代後半から30代前半、まだ無名だが将来を嘱望される若手建築家を国内外から招集し設計させた方がよい。教育機関等で技術と最新の知見を身に付け、建築会社や設計事務所で実務に携わり、気軽に同僚や友人、国内外の同業者などから、様々な意見や情報を集めることができる者、そういう者たちを集めることで、コストパフォーマンスに優れ、かつ、斬新なフォルムが生み出される。日本では、ノーベル賞受賞者やその道の権威とやらが、やたらと有難がられ、素質を持つ若手がなかなか日の目を見る機会がない。だからどんどん世界から引き離されていく。折角の機会なのだから、巨匠たちの意見に耳を傾けつつも、優秀な若手を集めて設計をさせた方が未来に繋がる。そうすれば、将来、世界有数の建築家と称される者たちが、「私のルーツは日本の国立競技場にある」と言うようになるかもしれない。そうなれば実に歴史的に意義ある大会だったということにもなろう。

 いずれにしろ新国立競技場計画の見直しは不可避であるが、世界の人々が日本に不信感を抱かぬよう、そして実りある見直しとなるよう、一般市民を含め関係者が協力してプロジェクトを円滑に進める必要がある。


(H27/7/20記)


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